個と集団 / 私の大学時代のクラブ。

この記事を読んで、その内容と言うよりも、一部分に惹かれて。

私にとっては、組織集団の尊重の際たるものは、学生時代のクラブでした。 大学時代のクラブ(バスケット)では、先輩に「飲め!」と言われて、断ることなどできませんでした。(まあ、そんなに無茶な先輩もおられませんでしたが) ただ、勝って優勝カップなどを頂いた夜には、お決まりの酒盛りです! そのカップで飲み、飲んでる間に上から注がれ続けるなんて・・・今だったら、傷害罪が適用されるような祝勝会など、日常のことでございました。 チーム球技の場合は、 たとえ最善ではなかったとしても、みんなが同じ方向に進む方が、各人がばらばらに策を持つよりは、効果的という経験的事実もありましたので、 私も素直に、「ああ、こういうことも訓練なんだわあ」なんて、当然のように受け入れていたわけです。 また、そんな風土には、一体感があったりして、みんなが同じものを目指している状況が、結構好きでもありました。 でも、そんな組織集団の尊重って、個の尊重とは、相反するものでしょうか? 企業組織の利や、集団の目的は、個の幸せとは、相反するものではないはずです。
 

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『エスカレータで歩かない』…出来るかなぁ…無理じゃね?(心情的に)

「エスカレーターでは歩かないでください」。横浜市営地下鉄は今秋から、全32駅構内に設置されたエスカレーターの乗り口にこんなポスターを掲示した。昇降客のために関東は右空け、関西は左空けがルールと思い込んでいる人も多いが、国土交通省によると、エスカレーターの構造はもともと、利用者が歩くことを想定していないという。
 
『利用者が歩くことを想定していない』と書かれているけど、 それはもちろん強度の話ではなくて、構造上転倒の危険は防げない、ということだろうね。 こんだけ多くの人が歩いてるのに、強度の算定で想定してなかったら、 それは非現実的すぎるだろうしね。 まぁ、じっとして乗っているときに比べて、バランスが大きく変わることによる、 予測不可能性的なことなのだろうけども。

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いや、傷害は犯罪でしょ。

バカな若者を、オヤジが殴って怪我させた事件が2つ。

神奈川県警大和署の巡査長(33)が拳銃の形をしたライターを持っていた高校2年の男子生徒(16)を平手打ちし傷害容疑で現行犯逮捕された事件で、巡査長は生徒が周囲の注意を受け入れてライターをしまったのに「反省の色がみえない」と顔を3回平手打ちしていたことが、県警監察官室の調べで分かった。生徒は「怖かったので口応えしなかった」と話しているといい、同室は「警察官の行動としてふさわしくなかった」とコメントしている。
 
武雄署は5日、今年6月に駐車場で車のエンジンの空ぶかしなどをしていた少年を金属バットで殴り、あごの骨を折る重傷を負わせたとして、武雄市北方町志久、自営業、井上保容疑者(55)を傷害容疑で逮捕した。
 

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国民年金と国籍条項

外国籍を理由に国民年金制度の対象外となり、老齢年金を受給できないのは「法の下の平等を定めた憲法や国際人権規約に違反する」などとして、京都府内に住む在日韓国・朝鮮人の女性5人(78?89歳)が国に1人当たり慰謝料1500万円の国家賠償を求めた訴訟の判決が23日、京都地裁であった。  山下寛裁判長は「立法府の裁量の範囲内で、違憲、違法ではない」と請求を棄却した。在日外国人の老齢年金を巡る同様の訴訟は大阪地裁、同高裁でも争われたが、いずれも棄却されている。原告側は控訴する方針。
 
この記事のことを取り上げている、以下のエントリを読んで、 よく分からなかったので、国民年金と、国籍について調べてみた。
またか!という感じですが、この記事もやや説明不足なので補足しますと 1)国民年金法の国籍条項は1982年に撤廃されたのは事実です しかし、この時、彼らは年金に加入しなかった 2)撤廃後、6年間は特例期間があり、その間に加入し、その後掛け金を全部払うと貰える なんら、対象外でも何でもありません。
 

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『スクール・カースト』

スクール・カースト… まぁその辺キーワードに難しい議論が展開されているかもしれないのだけれども、 そういう中には例によって入りたくないので、 ネタをネタとして楽しんでみようってわけで。 Masaoさんの純粋なココロ 2.0を見てみると、面白そうなものが載っていた。

前回の記事で考えた、「趣味による差異化ゲーム」(他者承認)と「楽しむこと」(自己満足)は別物という概念。この概念でスクールカーストや脱オタを分析してみたら面白いことになるんじゃないかと思ったので、早速実行。
で、そうした、学校など(狭い空間)にありがちな、 『カースト』を視覚的に表現したMAPを、 (あくまでネタベースとして)作成されているんだが、 殊の外面白い。 一応用語を僕なりに咀嚼して解説すると、 生活の価値観を、他者承認と、自己満足の二つに大きく分ける。 『他者承認』は、まぁなんだろうな、友達の多さとか、クラスへの受け入れられ度とか。 『あーいたなーそんなヤツ』じゃない、『そうそう、アイツがさ』という存在感。 『自己満足』は、楽しいとか、嬉しいとか、そういう感情。 部活で充実してるとか、恋人が出来たとか、そういうことかな。 そう考えると確かに、そういう定義は成り立つね。 単純な三角形(ピラミッド型カースト)じゃないところも面白い。 で、人間の自己顕示欲などに基づき、 往々にして、『差異化ゲーム』、つまり、 誰かより持てるとか、スポーツが出来るとか、頭が良いとか、 そういう人より上にいるという優越感を味わえるようになりたいと、 多くの人が望む状況が生まれるわけだ。 『フォースの暗黒面』に堕ちるというのは、 そうした『差異化ゲーム』そのものを目的として、生き方を決めようとすること。 例えばさ… 『野球よりサッカーの方がもてるから、そっちにしようぜ』 とか、 『ホントはアニメが好きだけど、オタクって見られたくないから洋楽好きってことにしとこう』 とか、そういうこと。 その結果、本当にサッカーや洋楽が好きになれば、 友達が出来たり、いつの間にか輝いて見えたり、一生の趣味になったりするんだけど、 『差異化ゲーム』での勝利のみを目的にしてると、 結局はねやっぱり、あんまり楽しくない。 で、『僕はもう疲れたよ、パトラッシュ』状態に。 あーそういう人って、『学校』じゃなくたって、いるよね。ふんだんに。 そう考えると、学校生活って、社会の縮図…使い古されてるけど、 要は、想定しやすい要素だけを盛り込んだ、特殊な実験空間にも見える。 あんなに大勢の、自分と同世代の人間と、 狭い空間に隔離される状況、って『現実的には』無いもんね。 社会中心に見てみると、もの凄く不自然な環境だし。 その実験空間から得られる結果って、なんらかの形で、社会にも通じてるよなぁ。 まぁだからこそ、社会の比喩表現として、『スクール』が成り立つんだけど。

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