教えることと、教えることを教えること

教えるのが下手な先生のイラスト(男性) 人にものを教えるというのは、ある程度までは経験に基づく技術です。もちろん得手不得手というのはあるとは思いますが、仮に苦手だったとしても経験を積むことで教えることが出来るようにはなります。逆に言えば、教えるのが上手ではないというのは、教える技術が足りないということです。

続きを読む

「正しい日本語」じゃなくてもいいから恥ずかしくない日本語を使って欲しい

「させていただく」はNG! アルバイト敬語、使っていませんか? – おもてなしのプロ・江上いずみのビジネスマナー道(5) | マイナビニュース

元来この「~させていただく」の適切な用途は、自分の行動が相手の許可を得て行われる場合の、謙譲のニュアンスを含む言葉です。しかしながら、これらの場合、いったい誰に対してへりくだっているのか、誰に対して許可を求めようとしているのか、まったくわかりません。もしかしたら、自分を指名してくれた誰かに対して感謝の気持ちを込めているつもりなのかもしれませんが、この場合は、いずれも 「本日の司会進行を務めます鈴木です」 「〇〇代表という大役を務めます中村です」 で構いません。

こんな記事がありまして。 「させていただく」は日本語としては正しいけれども用法として正しくないんじゃないか?という話です。知人が「相手に責任を押しつけている気がするから好きじゃない」と言っていたけれど、確かにそういう側面はありますよね。「自分の行動が相手の許可を得て行われる場合の、謙譲のニュアンスを含む言葉」(記事内から引用)である以上、あなたが良いって言ったんじゃ無いですかというニュアンスがあり、自分じゃなくて上が決めたことですとか、皆さんが要望されるので用意しましたとか、そういうエクスキューズが入ってる気がします。 敬語の問題は他にも「正しくない日本語」が山のようにある魔窟ではありますが、記事内でも指摘されているとおり「文法的には正しくありませんが、慣習的によく使う表現」というものもたくさんあって、一概に使うべきではないとは言いがたいものもあります。要は「何が日本語として正しいのか」ではなく、「自分の使っている言葉が過剰になっていないか」を、状況に合わせて判断することが必要だってことです。状況に合わせた適切な用語ってものがあるはずです。

続きを読む

スズキイッペイは静かに暮らしたい(SNS等で選挙活動を熱心に行うアカウントとの付き合い方について)

インターネット選挙運動のイラスト(政治) 選挙まであと10日となりまして、 市街地およびネット上での選挙活動が活発になってきました。繁華街に近いせいか職場付近は昔から選挙演説やデモ活動が頻繁に行われる地域なんですが、最近も熱心な呼びかけが木霊のように連鎖してたいそう賑やかです。お祭りってホントに良いもんですね。 さて表題にあります「SNS等で選挙活動を熱心に行うアカウントとの付き合い方について」です。SNSとは主にFacebookとTwitterのことをさすのですが、そのタイムライン上で熱心に選挙活動を行っている友人・知人をしばしば見掛けます。社会問題に焦点を当てる活動や、正しい選択のために投票を促す活動など、それらひとつひとつに意義はあるとは思うのですが、私、スズキイッペイはせめてネットの中だけでも静かに暮らしたい。 今まで「古くからの友人だから」とか「馴染みの店だから」といった理由でそれらの活動を見て見ぬ振りしてきましたが、さすがにちょっとうるさすぎます。それぞれが支援されている政党・候補者、それぞれの方針や政策について反対と言うことは全くありませんが、その広報と一緒に流れてくる投稿やツイートの中には扇動的で誤謬に満ちた質の悪い回覧も多いし、精神安定上よろしくない。友人なのであれば、間違っている部分だけを指摘して、賛同できる部分は賛同しといったようにしていく方がいいのかも知れませんが、徹頭徹尾思い込みと差別に満ちたツイートなどもあってさすがに付き合いきれません。 そういうわけですので本日以降の方針として、「過剰な選挙活動」を行うアカウントについては、友人だろうと馴染みの店だろうと、初恋の人だろうと、憧れの先輩であろうと、分け隔てなくアンフォローないしはミュートを行っていくことにしました。活動されている方それぞれは善意を持って行っていることだと思いますし、僕の行動はそれぞれの活動の中身を批判するものではありません。そうではなくシンプルに僕は静寂が欲しい。善意からであったとしても友人・知人の活動と喚き続ける選挙カーとの間に僅かな差異も僕には感じられない。これだけ雑音の多い社会なのだから、せめてSNSぐらい自分が満たされるものだけで満ちて良いじゃないか。そう思います。 以上、ご理解ください。よろしくお願いいたします。

続きを読む

早とちりが増えた —— 上手に歳を取りたいという話

威張っている人のイラスト 人と話をしていて早とちりをすることが増えました。以前から人の思考を先回りすることは癖としてよくあったんですがそんなに外さなかったし、予断を持つというだけで先走って思い込んだりはしませんでした。それが最近はたまに先走ってるなあと思うことがあり、何かエスカレートしちゃってるのかな、それともストレスかななんて思っていたんですが、同居人の言動を見ているとどうもそういう傾向は僕だけではないらしく、思い返してみれば身近な中年男女の言動ってだいたいそんなノリになっていっていたし、はたと気付きました。 ああ、これ、加齢だわ。 かなりの割合の人がそうだと思うんですが、やっぱりこう歳を取ってくるとなかなか待てなくなってくるじゃないですか。気が短くなってくるし、結論が見えた(と自分では思っている)ものに対してはもう早くその結論に到達して終わりたい。そもそも自分は経験も重ねているから結論なんか見えるんだ。人と話をしていてもそういう傾向は出てきてしまっていて、人の発言を遮ったり、食い気味に結論を述べようとしたり、反論しようとしたり、相手の説明を途中まで聞いてあと聞いてなかったり、そのくせ自分の話は長い。ああ自分が今まで中年男女に感じていたなんかやだなと思う部分がまさに思い当たる節ビシバシでちょっとなんかもううんざりする思いです。 こんなこというと気持ち悪い目で見られるかも知れないけれど、僕は昔から「人格者」ってやつになりたかったんですよ。法律とか社会のルールを守るとかそういうのじゃなくてさ、なんだろう、人と人の間の大事なこと、そういうことを裏切らないように誠実に生きていきたいというような、そんなことなんですが、こういう中年的加齢的人格の変化って僕が思う「人格者」から外れていってるんですよね。世にいる傲慢な中年、高齢者みたいには絶対になりたくない。そう思っているんですが若い頃と比べて自分が一歩そちらへシフトしている。それがなんとも嫌なんですよね……白髪なんか何本増えても別に良いけどそういうのはほんと嫌。 例えば若者に対するときなんかは、その線だけはどうしても越えられたら困るってところだけアドバイスするようにして、極力威張らないように押しつけないようにしてるんですけど逆に言えば僕も油断するとすぐそうなるってことでもあって。家族とかパートナーとか、気の置けない友人とかだと油断してそうなっちゃいがちなんだろうなあ。言うてみれば甘えであり、それだけ気を許しているってことでもあるんだけど、でもそれで僕がリラックス出来ているかというとそんなことは無くて結果的に嫌になっているわけで、なんかなあ。 上手く歳を取りたいなあ。自分が思う、ちゃんとした人間になりたいと思う。歳取るってこういうことなんでしょうし、僕が少し鋭敏すぎるのかもしれないですけどね。それでももうちょっと。なにか。

続きを読む

ビジネス的テキストやコンサル的テキストとの距離感

目標を定めた人のイラスト(女性会社員) 知り合いの八百屋さんがお世話になっているコンサルタントの話を聞いて、そのコンサルタントの方が運営しているブログ(主に飲食店に関するコンサルで無料ノウハウを公開していた。現在は更新停止中)を読んでみることにしました。僕の率直な感想としては「まあ普通かなあ」という感じだったんですが、それを率直に伝えたらパートナーにひどく怒られまして。少しでも参考になるものを探してそれをやっていくのが大事なんじゃないの、と。ああもちろん、その通りですね。だったら「読んだらいいよ」と薦めてきた自分も参考になるものを探してよって感じですけど(こういうときなぜか僕に丸投げ)、まあ正論ではあります。最終更新である2016年3月の記事から何年か分を遡って読んで、現在自分たちが抱えている問題について近そうだなと思う話題をピックアップして共有しました。すぐやれることもあるし、やってみるのは良いことだと思います。僕らには失うものはなにも無いので。今月からまた何か新しいことを始めたいですね。

続きを読む

駐輪すんなつってんだろ

よつば_いちからか.jpg 職場の1階、路面飲食店の店長が何度注意しても自転車を放置するので担当者が管理会社に苦情を言い、管理会社は管理会社で「当事者で解決して」的なありえない回答を寄越して(その後対応してくれることになったっぽい)、最終的には張り紙が貼られることになったわけですが、なんでいつまでもそんなことをし続けるのかよくわからないんですよね。駐輪している場所はビルの1階の入口にあり、その先にエレベータ。8階建ての店舗には複数の店舗があり、特に最上階は学生にも外国人観光客にも人気の格安焼肉屋。お客様が多数通れるようにしておいてくれないと困るし、管理会社からも何度も通達されてるはずなんですけど、一旦止めたあとなぜか定期的にまた駐輪し始めるんです。なんなんですかね。バカなの?1ヶ月に1回記憶がリセットされる病気? 「割れ窓理論」じゃないけど放置自転車が1台あるとそれを頼りに駐輪がどんどん増えるきっかけにもなるんですよね。「あそこ、置いてあるから大丈夫なんじゃない?」そう思う人は多いんですよ、罪の意識が減る感覚があるんでしょうね。だから特に京都市内中心部では適当な場所に自転車を放置するのはホントに良くないんですけど(路地に置くとかもダメですよ)、それを路面店の店長がするか……というのがちょっとね。駐輪場がビルに無いなら、京都市の自転車駐車場で定期契約すれば良いじゃないですか。月2,700円、1日90円ですよ。最寄りの自転車駐車場まで徒歩5分。たったそれだけのことなんです。既に契約しているけど時間が無くて乗り付けているとかありそうですけど、そんなの他人には関係ないですからね。例えそうでも出勤後に自転車置きに行ってくれよ。 定期契約(月極)駐車場のご案内-自転車の方|KYOTO PARKING NAVI 京都駐車場案内│一般財団法人 京都市都市整備公社 マナーとか道徳とか自転車を見るのが不快だとかの話じゃなくて、リアルに害があるのを何とかして欲しいという話なんでね。ビルの1階に自転車止められたら他の店舗だってみんな楽だけど(お客様にも案内出来るしスタッフも出勤しやすいし)、それやると良くないから止めましょうって協調し、その調整のためにビルの管理ルールとしてお客様が通る場所には自転車は置かない(各店のバックヤードやお客様や他店スタッフが使わない廊下ならOK。階段はNG)ということになってるわけだから。飲食店の店長やってるくらいなんだから少なくとも30前後のいい大人だと思うんですけど、そんな歳になってもまだそんなこともわからんのかと。まだ大学生の方がしっかりしてる。頼むよ。しっかりしてくれ。

続きを読む

「永遠」「永久」そして「一生」

bttf1.png 「永遠」「永久」そして「一生」。 どれもとても長い時間を示す言葉だしとても強い意味を持つ単語なんですが、若者と話しているとかなりの頻度で会話に出てきます。その使い方がもうなんかすごい社会言語学的な意味で面白くて、スラングってすげえなと思いながら聴いています。 例文としてはこんな感じ。

例文

忙しい日って永久に洗いものしてますよね
この作業終わらないですね……今日一生やってる
「永久ってことはないだろ、ピークタイム乗り切れば洗いものは無くなるよ」とか「今日なのに一生って何だよ」なんて突っ込みが思い浮かぶと思いますが、そういうおっさんやおばさんの突っ込みは無粋ってもんです。意味合いとしてそのままの意味は存在していなくて、単に「ものすごく長い時間」という以上の意味はありません。 昔、映画「Back to the Future」で事態が深刻だという意味で「heavy」を多用する1985年の若者マーティ(当時17歳)に対し、1955年のドク(当時35歳)が「heavy?将来は重力に変化が起きているのか?」なんて混乱するシーンがありましたが、まあ若者のスラングなんてそんなもんですよ。ええ。 個人的には「今日一生やってる」っていう表現が特に頭おかしくて気に入っています。 なんかいいじゃん、その使い方。 今日一生やってる。あらゆる意味で正しくないけど、情感がすごい伝わる感じ。今日一生やってる。一生やってんのかお前www スラング楽しい。

続きを読む

何でも「よろしくお願いします」で締める文化

Eメールを送る男性のイラスト これ昔からすごい不思議だったんですけど、昼間行っている会社にはメールのやりとりでは最後に「よろしくお願いいたします」を付ける習慣があります。別に社内ルールがあるわけではなく、誰かがそうしようと言ったこともないはずなんですけど、今やみんながやってます。 例えばこんな感じ。

冷蔵庫横にあるレーザープリンターが故障しました。 近日中に修理予定ですので使用しないでください。 よろしくお願いします。
修理が完了しました。 これまで通り使用できます。 よろしくお願いします。
日本語としておかしくはないです。別に。ただ必要ではないですよね。 最近の文化はLINEやSMSの文化を反映して用件だけを書くというものになっているみたいですが、ビジネスメールでそれはやり過ぎだとしても、社内のやりとりに関してはもう少し簡素で良いんじゃないでしょうか。具体的には上のメールの「よろしくお願いします。」は要らない。 こんなのもあります。
了解しました。 よろしくお願いします。
いやそれ「了解しました。」だけでいいんじゃないですか。誰かの報告に対して了解したのは伝わるけれど、「何を」よろしくお願いしているのかさっぱりわからない。多分手癖で打ってるだけなんでしょうけど…… こういうの、ぶっちゃけどっちかにして問題が起こるようなことではないし、止めることで得られるメリットも説明出来ないから変えるのはなかなか難しいんだけど、誰も彼もが意味なくよろしくお願いしていることに気付いてしまうとすごい気持ちが悪い。自分だけはそういうの止めようと思って、メールから「よろしくお願いします」をなるべく排除するようにしてるんですが……社内の文化は変わりませんね。 今後は用件だけを書けばよく、締めでよろしくお願いしなくても良いといった感じの文化になっていって欲しいなと思っています。 よろしくお願いいたします。

続きを読む

承認欲求の強い人間の相手がツラい

自慢話をする人のイラスト(男性) 承認欲求の強い人の相手が苦手です。 出来れば話が始まった瞬間に黙って席を外したいし、実際、可能である限りそうしています。席を外せなくても他にも聞いている人がいるなら自分は聞こえていないふりをする。下手に感想を述べると皮肉が口からこぼれてしまいそうなので。

承認欲求と自己顕示欲の違い

承認欲求と自己顕示欲の違いについて | メンタルの強化書

承認欲求と、他者から自分の事を認めて欲しいという欲求です。シンプルにいえば「認められたい」という気持ちがこれにあたります。 なお、認められたい気持ちを具体的に深堀していくと、 尊敬されたい 愛されたい 共感されたい 優れていると思われたい 羨ましいと思われたい などの感情が根底にあります。 そのどれも、他人が自分の事を承認する感情であり、その性質上、他者の存在がまず欠かせない欲求です。

承認欲求と自己顕示欲の違いについて | メンタルの強化書

一方で自己顕示欲とは人気や評価を得たい、自分の存在をアピールしたいという欲求のことです。 他人から認められたい、という他人を主体とした承認欲求と通ずるところはありますが、あくまでも自分をアピールしたいことから、自分を主体とした行動を起こすための欲求と言えます。 承認欲求とは異なり、他者が注目してくれさえすれば自己顕示欲は満たされる。承認欲求のように褒め言葉や愛情表現を求めなくても、注目されさえすれば自己顕示欲は満たせると考えられます。

似ているけれど違う概念なんですね。 同じようなものかと思ってた。

続きを読む