【追記】 地震と共に生きる
この記事の続き。 静岡県民は、慌てない。地震と共に生きる。 | mutter 何か誤解されたようなので書くと、実際に地震が来たら静岡県民も慌てると思います。パニックも起きるでしょう。そりゃそうです。ただ、僕が言いたかったことはそうではなく、
ある場所で地震が起きた、それをきっかけに焦ってバタバタするのは止めよう。最低限すべきことを考えて、その準備だけしておけば良いよ。ってことです。 相手が大自然である以上、被害を出さないことも、恐れを感じないことも、焦らないことも、慌てないことも、無理です。被害は出るし、恐れるし、焦るし、慌てるでしょう。でも、自分がその当事者になっていないときに、慌てる必要があるのか?というのが、記事で言及したかったことです。今目の前に現出していない以上、出来ることを考えるしかないでしょと。静岡県民は、その【イメージトレーニング】を十分こなしていますよ、と。そういうことです。 僕の実家がある地帯は昔安倍川の水流域であり、かなり強固な地盤になっています。さらにそれに加えてかなり深くまで鉄筋が埋め込んであり、ちょっとやそっとの地震では倒壊しないようになっています。それでもきっと、被害は出ると思いますし、両親も何らかの怪我はするでしょう。パニックになるかも知れません。いやたぶんなるでしょうね。 でも、その心配は、そうなってからすればいい。今、恐怖に突き動かされて、ヒステリックに行動しなくていい。静岡県民には(そしてたぶん太平洋沿岸の、地震を予告されている県の住民には)、それが準備されています。その中で生きていく、宿命なのだと。準備はしたけれど、それ以上は、もう仕方ないと。 地震が来ないことが一番良いことですけれどね。 そればっかりはどうなるか……全く解りません。

友達と話していて、「エモいおっさん」という表現がわからなかったので、調べてみました。そういえば前職(レコード専門店)時代に、「エモ」って音楽的な意味で良く見聞きしてたけど、僕にはいまいちニュアンスがよく分かんなかったんですよね。なんですか、「エモ」って。

なんらかのリスクが予見される場合に、それをどう捉えるかによっていくつかのリスク回避の方法がありますが、例えばこの2つのパターンでは全く違います。
内閣支持率のグラフを更新しました。

少し時間経っちゃったけど、3/31で「よつばとひめくり」が終わりました。このところ何年か買い続けていましたが、去年は忙しさにかまけてめくりそびれることも多かったので、まー今年は要らないかなあとぼんやり思ってたら、今年分は制作されなかったとか。
仕事しながらしゃべってて、ふと気付いたのですけど、自分には「ヒャクパー」っていう口癖があるようです。「絶対に」っていう意味で使っています。
例えば、