機種変更、間近。
様々な事情が絡みまして、近日中に機種変更の予定です。 変更端末は、Vodafone3Gのフラッグシップモデル、『904T』。 多分、僕の部屋では満足に電波が入らないような気がしますが(苦笑) まぁUIもこなれてきたし、いいかなぁと。 もっさりしてないといいなぁ。 久々の東芝端末。 さてどーだろー。 Vodafone 904T|ボーダフォン ITmedia +D モバイル:ボーダフォンの「904T」、新規の予価は2万円強
様々な事情が絡みまして、近日中に機種変更の予定です。 変更端末は、Vodafone3Gのフラッグシップモデル、『904T』。 多分、僕の部屋では満足に電波が入らないような気がしますが(苦笑) まぁUIもこなれてきたし、いいかなぁと。 もっさりしてないといいなぁ。 久々の東芝端末。 さてどーだろー。 Vodafone 904T|ボーダフォン ITmedia +D モバイル:ボーダフォンの「904T」、新規の予価は2万円強
何となく気になった言葉を。
僕はこの言葉で言うと、完全に『横読み』タイプの人間だなぁ。 小説にしても、漫画にしても、大体、1人の作家にハマると、 最新作から遡っていろんな本を集めてしまう。 とまぁそういうわけで、僕は多分使ったこと無いけれども、 ニュアンスは十分に通じますよ。 もしかして、どこかで聞いたことがあるのかもしれないけど… (同じく確証はない) そういえば、音楽に関しては、縦かもなぁ。 ジャンルという軸で言えば、横かもしれないけど、 ジャンルも含めて、結構、アトランダムに聴く/買うことが多いな。 希望はあるんだけどね…レッチリ全部買いたいとか。 なかなか。と、ここまで書いてみて、この「縦読み」「横読み」って、どこで知った言葉なのか不安になってきた。 これって、普通に使う言葉なんだろうか?
そういう感覚というのは確かにあるかもしれない。 確かにセンスのあるなしというのはあるのだろうけれども、 それはある程度のレベルまで行かないと、必要にはならないわけで。 マニュアルとか、コツとかそんなもんじゃなく、 こう…なんて言うのかなぁ… 自分の思う美しいものを、写真として収められるように試行錯誤する、 そんなことを繰り返していく内に、打率が上がる、そんなことだと思う。 意図しない活動を続けていても、ダメなのよ。 何ごとも。「どうせオレにはセンスは無いから・・」と言って、作画表現という意識を持つことが難しくなってしまう、あるいは逃げてしまう。 ・・・そうではなくて、想像性は誰にでも備わっていると思う。 ただ、今まではそれを考えずに撮ってきただけ。 優秀な機材とそれを使いこなす技術・技法のみを考えてきただけなのである。 そこで、ちょっとだけ考え方を変えて、想像性と自己表現を、写真の要素に組み込んでみたら、必ず貴方の写真は大きく変わると思う。
両者による発表以来、各地で様々な反応の出ているこの件。 僕自身の思いを総括すると、
良くなるかもしれないけれども、ソフトバンクは信用できない。ということになろうか。 期待はしているんだけど、Yahoo!BBの時とか、日本テレコムとか、 そう言うトラブルのことを考えると、 よーく見て考えないといけないなぁ、と思うわけです。 (ソフトバンクの通信関連トラブルに関してはこの辺) 買収の意義に関しては、 単純にソフトバンクの、携帯進出ステップの省略、だと思ってたんですが、 VDFXのHiROさんが、ITmediaで連載されているblogを読むと、 背景には、FMCに関連した動きもあるのだということがわかりました。 英Vodafoneによって切り離された日本テレコム(現ソフトバンク傘下)と、 再び同じ企業グループになると言うことで、 今後の通信業界の動きにも対応できるということで。 まぁね、ビジネス的な話は色々あるんだけどさ。 実際の話、そういうことはどうでも良いんで、要は、ちゃんと使えるかどうか。 もうすぐ、機種を変更するつもりですが、 もしソフトバンクになって、使い勝手やサービスが悪くなるようであれば、 携帯会社を変えるつもりです。 そう、僕らは別に、困らない。 (番号やメールアドレスが変わるという煩雑さを除けば) さて、どうなるかなー 確かに、ブランド名が変わったらそれはそれで鬱陶しいけどなー
長い間ご愛顧いただいてきたHOUSEイベント
『ADAM』(@KYOTO CLUB METRO) ですが、
様々な事情により、次回予定していた5月開催を白紙、
2月の開催を最後に、休止することにいたしました。
多くの方のサポート、ご声援、ご来場に感謝いたします。
各DJ、VJは今後も様々なイベントで活動を続けていきますし、
また、お会いする機会もあるかと思います。
そのときにはまた、サポートしていただければ幸いです。
長い間、ありがとうございました。
is.
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LUVHOUSE.COM – [ADAM]: KYOTO HOUSE/TECHOUSE/TECHNO
http://www.luvhouse.com/
以前紹介した、FOLDER SHAREなんですが。 引き続き使い続けてます。 便利ですねぇ。 主な用途は、素材系画像の共有と、 (あれ何処行ったっけ、ってあれ自宅かよ、防止) 音楽ファイルの共有。 あ、但し著作権法に触れることはしてません、念のため。 あくまで二重にリッピングするのがだるいので、 iTunesディレクトリを同期させてるだけです。 設定だけしてしまえば、後は意識する必要がないので…いいですね。 もちろん、本当なら、きちんとハードウェアを整備して、 VPNを導入すれば、もっと便利なんですけど、 ああ、SoftEtherなどのいわゆるVPNとどこが違うかというと、 GUIとして片方からもう片方のファイルに、能動的にアクセスすることが出来ないですね。 基本的には、ファイルを持ってきて、アクセスするという感じ。 行ってみれば、双方にFTPサーバを立てた、みたいな感じです。 仲介するのは、ブラウザ。 で、なんでいまさら重複するエントリを書いてるかというと、 CROSSBREEDのコメントの中に気になるコメントがあったんだけど 僕がマジレスするわけにはいかないので(笑) こっちでコッソリ書いてみたりして、、
凄いですね、YouTube。
いわゆる、動画に特化したファイル共有サービス、ということでしょうかね。
“YouTube – Broadcast Yourself.”だから、
個人配信をサポートするサービスと言ったところかも。
著作権あるなしによらず、いろんな動画がアップされていて、
結構面白い。
イチロー レーザービーム(右翼からの三塁捕殺)なんてのも
http://www.youtube.com/watch?v=6GPTId9SCLM
参考:THE NEO_SOKU (つ・ 3 ・)つ:youtubeで見れるなつかしい物
まぁでも、予想通り、ポツポツと著作権関係のモノは消されていているようで。
バレたら削除されそうだってものは、見つけ次第保存しておいた方が良さそうです。
特に、お気に入りのPVとか。
オレの東西南北: 水を差すによると、
YouTubeの動画を保存する
こういう覚え書きがあるようだ。
で、これに従ってやってみると、確かに保存できた。
もう一歩踏み込んでみると、要は、それぞれの動画は一意のIDで管理されていて、
それを、特定のプログラムに渡すとダウンロードできるようだ。
このページではその辺の変換を行っている。
よく考えれば、極めてシンプルなことなので、
そういうわけで、YouTubeの変換だけに特化したプログラムを作ってみた。
試聴用アドレスから、ダウンロード用アドレスを作成する。
YouTube Utility
上をリンクして貰えればすぐに分かるけれども、
試聴用URLを入力してボタンを押すと、ダウンロードできる、と。
で、このファイルを、再生するにはどうしたらいいか、だが、
これ、基本はFlashらしい。
なので、スタンドアロンのプレイヤーを入れることで再生可能。
先ほど上げたページでは、英語版のソフトが2点上げられていた。
VLC media player – Overview
Wimpy: Flash Streaming Audio & Video Players for the Web
また、日本語版なら、簡単ながらこんなのも。
MVKFLV(WindowsNT/2000/XP/画像&サウンド)
まぁ適当に選べばOK。
一番下のはほぼ無機能だけど、十分使いやすいのでオススメ。
以上、YouTube関連のメモでした。
YouTube – Broadcast Yourself.
いきなりですが、本日のトップニュース。
休みでぼーっとしている間に、大きなニュースが出てました。 ソフトバンクがボーダフォン(カタカナ表記は日本法人の意)の買収を計画していると。 しかも、英Vodafoneの発表で始まり、 ソフトバンクもその交渉があることを認め、 にわかに現実味を帯びてきた。 英Vodafoneの発表では、全株式の過半数(時価総額1兆円程度)、 ソフトバンクの発表では、機関投資家の持つ株式以外の全て(同2兆円程度)、 を買収する計画とのこと。 うわー。 どうなっちゃうんだろう。 どうしても、Yahoo!BB開始当初の、不手際が脳裏をかすめて、 色々目新しいことはあるだろうけど、 サポートの質が著しく落ちたりするんじゃ無かろうか、とか、考えてしまう。 不安と期待が入り交じるとはこのことだな。 うーむ。英Vodafoneは、日本法人・ボーダフォンの株式の過半数をソフトバンクグループに売却する方向で交渉を進めていることを認めた。
以前、BOT調査の中で取り上げたバカヤマの方からコメントを頂いたので、 お邪魔してみました。 その時プロフィール用エントリの一つにあった言葉が、 どうも僕も思っていたことを簡潔に表していたので、うーむ。と考える。
僕は、これは本当に大事だと思うのですよ。 僕が自分も含めたいろんな人のことを見ていて思うのは、 何かをしたい動機が、そういう例があるから、ということが異常に多いと思うのです。 このあたり、小寺氏のコラム(@ITmedia)とかぶるけど、 他人と違う行動が、何かを選択することから成り立っているわけですよ。 『着せ替えケータイ』なんてその最たるモノだと思うのだけど、 20種類から1つを選ぶなんて、個性でもなんでもない。 それなら、まだ、プリクラを貼りまくる女の子の方が個性がある。 でもじつはそれにしても、『プリクラを貼る』という行為自体が、 パッケージとして、携帯に付随して『提供』されていると考えることも出来る、 単に、そういう成功例があるから選択したと言うだけのことだ。 平凡じゃないことを求めて、さまよい続ける迷路、 それは実は個性の探究ではなくて、あくまで選択肢を選択し続けることだ。 僕は昔から、『今年の流行色』なんてのが疑問だったんだが、 はっきりいえば、そう言う選択指針を示してもらった上で、 あがき続けるのが、現代の個性ってことだ。 そう言う視点で言えば、先にピックアップしたエントリの部分、 何が違和感があるかというと、 最初の、 『他人と違う行動をすることから快楽を得るような生き方』 という一連の言葉には矛盾があるからだ。 これは1つの生き方モデルでしかない。 他人と違うように生きようとする、生き方モデルだ。 言ってみれば、外見が違うだけで、中身は変わらない。 他人と違う行動をするために、他人と同じ行動様式を取る、 結局、横並び、みんなと同じ、そういう思考回路からは抜け出せない。 全てが、『モデル思考』なのだ。 周りに、アドバイスや、占いや、セミナーに弱い友人がいるだろう。 僕にもそんな友人がいるが、 結局、自分の中に自分を見つけられていないから、 次々に新しいモデルを導入しようとするのだろうと思う。 そうする自分が自分だ、という逆説的な言い方も出来るが、 価値観というものは、例え切り貼りでも、そこに思考がある限り、 導入とは大きく違うと言うことだ。 そうした人たちは、思考モデルに依存して生きているから、 そのモデルが否定されたり、モデルを見失ったりすると、ひどく不安になる。 恐らく、その不安を、他の不安や悲しみと区別も出来ないと思う。 結果として、また新たなモデルを求め、 それによって安定することを、心から望む。 モデルを追うことが悪い訳じゃない。 自分の脳だけでは、思考も、発想も、限界がある。 そうではなくて、それを得るときに、それをどう扱うか、が重要なのだ。 これって素晴らしい!と思って陶酔する… まぁ、そういうこともたまにはあるけれども、 基本的には、自分の内部の思考回路と、対決させるはずだ。 選択ではなくて…思考モデル完結ではなく、 このモデルのここは良くてここは悪い、そんなことを感じられるかだ。 『良いと感じた』と発言するのは、大概、インストールしてしまった後だ。 そうではなく、良いと感じる前に、どうなのかを感じなくてはならない。 疑う必要はないが、 それを見る必要はある。 見てもわからないなら、それが分かるように、多くの知識を持つべきだ。 知識は使い捨てにするのではなく、蓄積されなければならない。 * * * まぁ…はっきり言って、人がどうだってかまわんのだけど、 違うことを追い求めることと、同化を求めることは、同じだってことだ。 結局、指摘の通り、ぐるぐると回り続ける輪の中にいるだけだ。 日本人が、そうした輪から解放されて、 もっと自由気ままに考え、行動し始めたら、 この国はもっとエキサイティングな国になると思うのだが。 (治安や政情とか悪化しそうではあるけども) なんとも、惜しい。“他人と違う行動をすることから快楽を得るような生き方にシフト”することを薦めておられるみたい。(中略)ほとんどの人は『皆がそうしている』から『とにかく差をつけ』てみようと行動するだろうしさ、(中略)そうなると今度は“自分は平凡な人じゃないと思いこんでいる平凡な人”が大量発生してますます世間が狭く息苦しくなるでしょう、きっと (怖っ 結局大切なのは『自分に一体なにが必要なのか』を一人ひとりが精確に理解することなのかも
WEBメールでGmail、 メインとしてはデスクトップ上でBecky!を使ってるわけですが。 僕の感覚が少し古いのか、やっぱり、Becky!のような、 かっちりフォルダ分けされている方が安心できるんですね。 が、じゃあ、ラベルやタグやキーワード(全て同義、Folksonomyのこと)は要らないのか、 っていうとそうでもなくて、Gmailの良いところは、 横断的にラベルを適用できるところ、 それから、すべてのメール(=アーカイブ)として表示できるところ。
(以下、Folksonomyをラベルと表記する)思ったのだけど、まぁコレは僕だけが便利に感じるアイディアだと思うのだが、 データ管理の面では、ラベル、 実際の表示では、フォルダ表示なんていう分け方もあるんじゃないかと。 つまり、表示面では、メールとラベルが1対1になってるような。 格納されているディレクトリ名を、ラベルとして持つ、と言い換えても良いか。 Gmailのディレクトリ構造を、 もっと複雑に構築でき、かつ、ラベルはシンプルにするといったら、 わかりやすいか。 何でこんなことを思ったかというと、 現状、複数ディレクトリに分けられてるメール群を、それを維持したまま、 時系列に沿って並べるってのが、(例えばBecky!では)難しい。 かといって、ラベルに基づいた構造、要するにGmailだと、 ラベルの数が増えるにつれて、構造が浅く広く伸びて行ってしまい、 全体を把握しづらくなってしまう。 イメージとしては、Thunderbirdの『メッセージのグループ化』というやつが、 一番近いのかもしれない。 んーでもどっか違うような… 検索のための下準備的、ラベルでは存在価値が薄いと思うんだよね… って、1対1にしたら、複数のラベルを付けるという、ラベルの利便性も失われてしまうか。 あ、いやいやいや、そうじゃない、 僕があればいいなと思ってることは、 Becky!にラベルの概念を導入することと、 ラベルに構造の概念を導入する(あくまでUIとしての概念、データ管理ではない) この二つだな。 だから、ラベルとディレクトリ名は1対1だが、 メールとラベルまたはディレクトリが1対1、ではないんだ。 ってやっぱりこれ、Thunderbirdなのか?(苦笑) Becky!から乗り換えるつもりは毛頭無いので、 乗松さんが搭載しない限り、要望としては持たないけど、 概念としては、そういう希望もあるんだよなぁ。 ラベルの便利さは、blogその他で実感してるし。 うーん。 ソフト開発も哲学的だよな。
こんな記事。 どう思うかは人それぞれであろうとは思う。
極めて、ノーテンキに差別のことを考える。 京都には、部落、と言う差別制度があるが、 静岡では殆ど見なかったので、始めはかなり衝撃だった。 確かに、そう呼ばれる地域はどことなしか不気味で、近寄りがたかったが、 京都人が感じることはどうやらそういうことではなさそうだった。 とりあえず、無かったことにする。 街全体にそんな雰囲気がある。 時折見えるビラも、忘れさせないために撒かれているような雰囲気があり、 逆に、部落は差別であると言うことを、意識させ続けている印象さえ受けた。 (差別の原因だと言っているわけではない) 『学区で人を値踏みする』という価値観にも驚いたが、 (田舎か否か判断するが、人柄までは値踏みしない…恐らく京都以外では) 僕にはどうもよく分からない。 勉強不足故に、部落の始まりについてはよく知らないのだが、 (むしろ知ると縛られそうで、見ないふりして逃げているのかもしれない) 麻原一族が、今後、何十年と迫害されつつも増えていくと、 結果として、ある程度の数の『被差別集団』を作り出すことになるんではなかろうか。 接触することを拒み続ければ、 受け入れる、受け入れないという争い以外のトラブルを生まないわけで、 現状、問題はないかもしれないけれども、 流れの中で見ればやはり間違ったことのような気がする。 彼ら(松本被告の子供達)を祭り上げる大人達には、 ひょっとしたら、法律上もしくは道義上、罪があるのかもしれないが、 彼ら自身になんらかの罪があるのだろうか… こんな状況が続いていく中で、 日本国として、彼らに適切な教育が出来ているとは思えないし、 (まぁ学校で出来るかという根本な問題はあるけれども) 結果として、多くの差別を生んでしまうだけなのでは… 『保護』した方が良いとは限らないわけだから、 そこになんらかの権力が介入せよ、と言っているわけではないのだけど、 そうではなくて、 極単純に、彼らも、彼らの周りの大人も、それを含むこの国も、 きちんと育っていってくれると良いなぁ、と思うのだ。オウム真理教松本智津夫被告(51)=教祖名麻原彰晃=の二男(11)が、私立春日部共栄中(埼玉県春日部市)の入試に合格したのに、松本被告が親であることを理由に入学を拒否されていたことが2日、分かった。松本被告の弁護人が明らかにした。 弁護人によると、二男は1月に実施された入試に合格。入学金も支払ったが、その後に松本被告が親であることが分かり、同中は2月に入学を拒否した。 同中の矢口秀樹校長は「入学拒否の項目を定めた内部規定は特にないが、松本被告の子が教団の影響下にないとはいえないと考えた上での判断。学校としては他の生徒、保護者が安心して勉学に励める環境にしたい」としている。