それぞれの社会は広がっていくよね、とか。
先日、大学の後輩の結婚式披露宴に出席してきました。 披露宴に出ること自体は別に珍しいことでも何でもないし、大学卒業後、彼がそれまでとは違った色んな人に出会い、「自分の社会」を広げていっていることは、まぁ自分のことを考えてみてもごくごく当たり前なのだけど、ああやって色んな関係の人が一堂に会すようなそんな場所に居合わすとそのことを深く実感するというか。在学時は同じ体育会の先輩後輩でそれなりに濃密な時間を過ごしていたのだけど、当然ながらお互いにもうそういうんじゃないよね、っていう。 大学を卒業してまだそんなに時間が経たない頃に結婚した友人の時には、まだ彼らの社会もそんなに広がっていなくて、「大学の友人」てやつの存在感は今よりもあったような気がするようなしないような。まぁ人によるけどさ。地元出身でそのまま地元就職だったらもっと違うかもしれないしね。二次会ならともかく披露宴じゃ呼ぶ人も限られてるしね。 まぁともあれそんな彼の成長?に対して、ちょっとした寂しさと同時におおーすごいなぁという素直な感慨を抱いたのでした。だから何?って話なんですけどね。なんとなくね。
MySQLのリストアがどうも上手く行かなかったのでちょっと調べてまとめてみた。
理解した部分とよく理解していない部分とがあるけどとりあえず書き出しておく。
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普段あんまりダッシュボードをみないので、自分の状況とかあんまり把握していないんだけど、ふとTumlarity見たらなんかあれな感じだったのでActivity見たら被Reblogが10,000越えてた。
なにか特定のジャンルに偏ってるってわけでも無し、熱烈なファンとかWeb上の友達とかたくさんいるわけでも無し、よく言われるような「エントリの大事な部分をわかりやすく切り取った引用」とかじゃなく99.9%が画像エントリだったりしてるのに、よくぞまぁ。でもなんだかんだでこういうのって広がっていくもんなのね。不思議ですが。ありがとうございます。
いつまで続けるとかもないですし、そのうち飽きて更新頻度落ちるとか、ヤバイ画像アップしちゃって垢ban食らうとか、いろいろありえますけど、とりあえず今後も画像専門で、だらだらとマイペースに続けていこうかなぁと思ってます。本当はもう少し観測範囲とか広げて、良い写真を一杯見てPostしていきたいと思ってるんですけど、今以上に広げるのは無理なので、その辺は他のTumblristに任せる感じで。
そういう感じが、Tumblrの良いところかなと思ってます。
一昨日の明け方、嫌な夢を見て起きた。
どこか知らないヨーロッパらしき雰囲気の街で恋人と一緒に石畳の狭い路地を歩いていた。ちょっと彼女が道の真ん中で立ち止まってなにやらしているので、少し離れたところから「危ないから歩道に上がった方が良いよ」と僕は声を掛けている。でも彼女には声が届かなかったのか、自分がしていることに夢中なのか、彼女は凄くゆっくりと歩道に向かって歩いていた。
そのとき、道の向こうからクラシックな車が角を曲がって路地に入ってくるのが見え、彼女を人形か何かのように突き飛ばしてそのまま通り過ぎてしまった。必死にナンバーも覚えたが今はもう忘れてしまった。意識はなかったが運良く大きな外傷はなく、すぐに病院に運ばれ、僕はなぜか一緒に行かずに宿の荷物の整理を急いでしてから病院に向かった。僕と一緒に病院に向かったのは彼女の父だったのだけど、彼女の父はなぜか星野仙一だった。どうしてこうなった。
まぁその辺りでだいたい夢であることは薄々感づいていたのだけど、そのことと嫌な感覚とは共存していて、夢の中の現実は変わらない。焦れば焦るほど病院との距離は縮まらず、途中で大学の時の先輩に偶然会い(驚いたことにどうやら僕は結婚式を挙げるところだったようだ)、病院の1階を延々迷ったり、かと思ったら正面玄関は2階になっててすんなり行けたり、ずっと嫌な感覚は続いている。ようやく病室にたどり着き、彼女が無事であることを確認し、「コンタクトを直すために立ち止まっていたの」というセリフを聞いたところで目を覚ました。なにか随分と現実的な終わり方だ。
起きた瞬間にこれは夢だというのはすぐに分かったし、この夢を見たから現実で何かが起こるとも考えなかった。けど、馬鹿馬鹿しいかもしれないけど、とりあえずぼんやりと不安になったので、顔を見に行った。時計を見たら朝の5時半過ぎだった。空はもう鈍く明るかった。
