正直に言うと、まだ読み始めたところです。1/3くらい。
でも「これは買って良かった」と思ったので書いています。


僕がNumberを毎号買うようになったのは伊達公子さんが表紙のウィンブルドン特集(369号/1995年6月22日発売)からですが、このNumber PLUSに記録されている「20年間」はそれよりもずっと長い。1993年当時のNumber表紙をNumberバックナンバーで眺めると、アイルトン・セナ、琴の若、武豊、マイケルジョーダン、そして中山雅史。Numberを読み続けてきた時間というのは僕にとっては「スポーツを観客として楽しんできた」時間とほぼ一致するので、すなわち「中山雅史」というサッカー選手は、僕がスポーツというものに「気がついた」ときからずっと視界にいた選手ということになります。同じ静岡出身で、藤枝市と境界を接する静岡市の生まれと言うこともありますし、想うことがとてもたくさんある存在でした。あ、まあ、ぼくはジュビロ磐田ではなく清水エスパルスのサポーターでしたが。

本誌は、その中山さんが日本で全国的に認知されることになった1993年(アメリカW杯予選が行われ、ドーハの悲劇が起きた年です)を始まりとして、1年ごとにその年の中山さんを象徴する人物にインタビューを行い(例えば1993年だったらハンス・オフト)、同時にその当時の「中山雅史」へのインタビューを再録することで足跡を追おうという体裁になっています。こういう企画に良くあるように全体的に彼を褒めるような構成になっているのだけど、呼んでいるこちら側がそれに全く異論を感じない。中山さんというのはそういう選手だったのだなあ、ただそれを感じるばかりです。


文字と映像、実際の姿との変換はなかなか難しい話で、例えば文字で呼んでいる限り、試合後のインタビューやバラエティで見せる中山雅史の雰囲気は伝わりません。「(笑)」とあってもあの高い笑い声は聞こえないし、むしろとても真剣なイメージだけが残ります。そういう意味で僕らは「中山雅史」という人物の本当にごく一部しか知らないまま彼の「第一線からの後退」を見ることになっているのですけど、不思議とそこに違和感がありません。多分、今日行ったバーで隣通しになったとしても最終的には僕の中にある中山雅史と変わらない姿で話をしてくれるんだろうなと。もっとも、まだ現役を諦めていない中山さんはお酒など飲まないと思いますが。


中山みたいな選手は、これまでもこれからも恐らく出てこないと思うんですよね。「キャプテンシーはないが、チームを引っ張れる」という元ジュビロの3選手の発言は的確で、彼一人がいるだけでチームがポジティブになれる、戦う組織になれる、そんな選手は滅多にいません。ましてやそれでかつ点を取りまくるなど…驚異的です。僕はサッカー選手ではないので技術的な意味で彼から学ぶところがあるのかどうかはわかりませんけれど、準備をし「整えて」試合に臨む姿勢、それを見据える姿勢は本当に素晴らしいと改めて思いました。生きる上でとても大事なことを、チームメイトに対するのと同様に、無言のまま背中で教えてくれたように思います。僕も彼のように生きたい。いや、それは無理だけど、でも前を向いて突っ走っていきたい。



あと……いま、目次を読んでいて気付いたんですが、最後に、「カズからの手紙」があります……

きっと僕は泣いてしまうんだろうなあ。