つんでれんこの便利さに超今さらながらびっくりするなど
ツンデレなエンコードバッチツールを作ってみたよ 転載動画をいくつかとまとめ動画をいくつか投稿したことがあるだけで、ちゃんとした動画投稿者ではないので今さら過ぎるのは勘弁して欲しいのですが、ずっと気になってた動画エンコードソフト「つんでれんこ」を使ってみたら異常なほどの便利さで驚きました。なんなんだこれ…
ツンデレなエンコードバッチツールを作ってみたよ 転載動画をいくつかとまとめ動画をいくつか投稿したことがあるだけで、ちゃんとした動画投稿者ではないので今さら過ぎるのは勘弁して欲しいのですが、ずっと気になってた動画エンコードソフト「つんでれんこ」を使ってみたら異常なほどの便利さで驚きました。なんなんだこれ…
もしかすると音楽分野に限ったことなのかも知れないのですけど、自分が何かを気に入っている、良いと思っていることを「評価している」と表現することがあります。「最近のアレ系、評価してるの?」「彼の最近のリリースは評価してるんですけどねえ」みたいな感じで。音楽分野の用語は基本的に、ショップと音楽雑誌によって煽られたバズワード満載なので多分これもそういうところからこぼれて一般の人も使うようになってしまった用語なんだろうなあと想像するのですけど、僕はこの「評価」という言葉の使い方が嫌いです。
単純に言って偉そうですよね。なんでそんなに上からの物言いなんでしょうか。自分は評価する人間、音楽やアーティストは評価されるもの。自分自身の中での評価であれば「好き・嫌い」という表現方法で十分なはずで、絶対的な価値観を想起させるような表現はどうかと思うのですよ。
先日も、とても自然に悪意なく「君はアレ評価してるの?」というようなことを聞かれて、何というか戸惑いました。「好き?」って聞かれればはっきりと「好きだよ」と答えられるのですけど、「評価してる?(Y/N)」みたいに聞かれても正直答えようがないというか…「評価」なんぞしたことないというか…もしこれが「業界」ってもんだよと言われるのであれば、なんというか御免被りたい気分でいっぱいです。
あんまり、こういう言葉の使い方が流行らないで欲しいなあと思ってるんですけどねえ…
目新しい言葉の使い方にはみんな飛びつくからなあ…
2012年8月にTumblrでPostまたはReblogした画像のまとめ女の子編。
結論としてはそれほど悪いことになりませんでした。 理由は、
どこかに旅行する夢。友達4人くらいで。 最終日、もうチェックアウトするよというギリギリになってなぜか単独行動していた僕は、何かを買う用事があったのかバスで駅に向かう。バスの運転手に「ああ、東京の人ねー」と言われつつ道を聞いてバスを降りる。地方に行くと方言じゃない標準語っぽい喋り口はみんな東京人、関西弁はみんな大阪人に分類されるよなあとか思いつつ駅で用事を済ませて帰りは歩いて旅館に帰る……あれ、チェックアウトの時間ギリギリじゃなかったんか。商店街のようなところをいろいろとお土産物を物色しながら帰り、途中駅から電話があって方言がきつくて「箱が届いたので受け取りに来て下さい」を3回くらい聞き返したり(箱って何だ…)、店先で売られている麩菓子やら屋台の惣菜やらに目移りしたりしながら旅館に到着。時間は14時半。「ああ、15時に間に合った」と思って部屋に帰る(間に合ってない…普通は)と当然みんなは帰る支度が出来てて、慌てて帰り支度をする…位のところで目が覚めた。 他にエレベーターに乗るシーンとか、友達が泊まってる部屋に遊びに行くシーンとか、出てきたような気がするけど思い出しても話が繋がらない。途中で急に場面が飛んだり戻ってきたりしたのかしら。まぁ夢には良くあることだけど。 毎度の事ながら、夢の記録ってなんかこう、誰得って言うか俺得ですらないって言うか、ほんとにとりとめない感じが凄いな。いいんですけども。
我が家は賃貸マンションでゴミは毎日収集業者が収集に来てくれます(日曜を除く)。資源ごみは京都市が収集しているので京都市指定のゴミ袋を使用しますが、燃やすゴミのゴミ袋は透明であれば京都市指定のゴミ袋でなくてもOKです。
民間業者がごみを収集するマンションとは/京都市 環境政策局 事業系廃棄物対策室
幸い毎日買い出しに出掛けて溜まるスーパーのレジ袋(透明もしくは半透明)があるのでそれをゴミ袋に利用しているのですが、旅行に出掛けるなどの理由で買い出しする機会が減ったり、買い物が少なくて小さなサイズの袋ばかり貰ったりすると、ゴミ袋用の袋が心許なくなってきます。そういう場合にはゴミを出す機会を減らして対処するのですが、どうしても足りない場合には業務用の文房具屋で買い置きした「透明レジ袋」を使用してごみを出しています。毎日の買い出しの中でレジ袋をもらい、溜めていくのは重要な作業の一つです。