[niconicoo] 「J-POP」における「王道進行」。
昨日1日1ニコ@mixiでも取り上げたんだけど、 J-POPのヒット曲には特徴的なコードがあるらしい。 もちろん「コード」なんだから、全ての曲がこのコードを含んでるという意味でも、 このコードだけで構成されているわけでも、ましてやこれがないとヒットしないわけでもないんだけど、 それでも多くのヒット曲のサビにこのコードが含まれているらしい、というのはなかなか興味深い。 前編ではそれらの例をわかりやすくピアノで弾いて聴かせてくれています。 うーむ、なるほど。 正直に言うと僕もコードなんか殆どわかんないんだけど、 それでもこうやって耳で聞くとよく分かるなぁ。 んで、じゃあそれがなぜ「J-POP」という日本のローカルジャンルの中で、 ここまで反映しているのか…という話なのだけど、 後編の中でそれに対する仮説が述べられていて、おおーという感じ。

Microsoftの次期OS(Vistaの次)の名前が「Windows7」になったそうで。
劇団ロヲ=タァル=ヴォガの公演を見てきました。
長いこと演劇を見に行く機会もなかったんだけど、友達に誘われたので。
分かり易い一本道のストーリーのある演劇というよりは、
1つのインスピレーションに導かれた1つのテーマに沿って、
様々な印象が音楽とともに語られる、そんな演劇。
僕なりに印象を整理すると、死に対する恐怖とそこから逃れようとする思いの狭間で、
死の対象者であれ、それに随伴する人間であれ、人々が何を感じているか、
そしてどんな印象を受けどう生きていくかということを、
死ぬことによってその恐怖から解放され、存在としては『生きている』ミイラと対比させることで、
強く印象づけている…そんな感覚。
難しいけど解りやすい、解りやすいけどわからない、そんな感じの2時間でした。
面白かった?と言われるとそれもよくわからないけど、
2時間の間演劇を目にしながら色んなことを感じ、考えされられたし、
きっと何かの拍子にこの印象が何かに繋がるんじゃないかな…と思う。
うん、面白かった、と思います。
個人的には、隣国での戦争を描いているシーンの中で、
現地の女性が内通している場面を描いている1カットの部分に演出の誠実さを感じました。
本当はその部分をカットして、一般的なステレオタイプに沿ってしまった方が、
より善悪がはっきりし、登場人物の心象への印象が色濃くなるだろうとは思うのですが、
大事なことはその印象の濃淡ではなく、むしろその曖昧さが象徴するような、
漠然とした死への印象なのだろうと思うのです。
正しいか正しくないかとは関係無しに、漠然とした存在として誰の上にもあるものなのだろうと。