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ふわふわ
昨日はダメだったなあ……昼の仕事を引きずって疲れが残ってたというのもあるんだけど、やる気に反して集中力が伴ってこなくて、開始からずっとちょっとふわふわ感。確認出来るものはカンペを見たり指さし確認したりして、いつも以上に慎重にしてたけど、それでも明らかに注意力散漫なミスがいくつか。お皿を割るとかそう言うのじゃ無くて、いつもだったら考えられないこと……コロッケの衣付けるのに小麦粉付けるの忘れて卵付けちゃうとか、そういうのがあってなんかもうがっかり。 極端に寝不足だったわけでも無く、何が原因なのかよくわからなかったけど、仕事中に立て直せなかった。なんだろうなーこの、入りに失敗してずるずる最後まで行っちゃう感じ。二流の先発投手みたいな。手を抜いてるわけでも気を抜いてるわけでも無くいたって真面目なのに上手いこと行かない。事務仕事だとそういうのってあんまりなかったんだけどなあ。 心身ともに整えて、臨むようにするしかないかー
そういえば、膝の状況
もしかすると、冬ってのと膝壊したのとで最近全然走れてない影響もあるかも。体力面の目減りもあるだろうし、精神的な部分での影響もあると思う。もう十分に暖かくなってきたし早くジョギング再開したいんだけど、まだ膝がそれを許してくれない。徐々に良くはなってきてて、階段の上りと自転車は普通にこなせるようになってきてる(階段の下りはまだしんどい)ので、あと何週間で再開できるんじゃないかとは思ってるんだけど……うーむ。どうだろ。無理してまた傷めるのは、仕事に影響出るから避けなければ行けないし。 ジョギング再開できるようになったら、水木金の午前中と、仕事休みの日の夜は走れると思ってるんだけどなー。焦らず急ぐ
何か作業をしていていつも思っているのは、「手早く」やることと「焦って」やることとは違うということ。 「手早く」やる方がいつもしていることを少し「急いで」やっているだけなのに対して、「焦って」やることの方は自分の身の丈に合わないこととか、普段出来ていないようなことをやる必要に迫られて慌てている状態。前者は能動的だけど、後者は受動的。前者が自分の動きをコントロールできているのに対し、後者は自分の動きをコントロールできていない。結果、後者はミスに繋がり、焦ったおかげでいつもと同じかそれ以上に時間が掛かる。例えば焦ってものを運ぼうとして取り落とすとか。 焦らないためにはどうしたら良いのか? 場当たり的な意味では、精神的に余裕を持つとか、スムースに作業できるように手順を確認してから臨むとかあるけれど、根本的にはその場に至る前の準備であったり、日々の心がけが必要なんだよね。今、急いでやることが求められている場面で「どうすればいいですか」と問われてもどうしようもない。今出来ることを出来うるスピードでなるべく丁寧にやるしかない。 急ぐために必要なのは、基礎的な技術であったり、色んなシチュエーションに対応するための引き出しであったり、緊急対応のための裏技であったり。そういうことは、急がなくても良いときや練習する余裕のあるとき、何か他の作業をしているときに培っていくべきこと。そういう裏付けがあって初めて急げるし、急いでるんだけどミスが多くてクオリティも低いと言うときは、ただ焦っているだけ。自分では急いでるつもりでも、周りから見るとただばたついているだけで、スピードを感じない。実際、作業も早くない。 自分もまだまだ色々と未熟だけれど、普段から小さなことを大事に丁寧に、色んなことを考えながらやっていると、きちんと返ってくるものがあるなあと最近ようやく実感できている。どんな些細なことでも、それが毎日のルーチンであっても、チェックポイントが多い方が得るものも多い。逆に仕事のクオリティが全く上がらない人は、やっぱり普段の小さなことが少しずつ雑でチェックポイントが少ないな、と思う。色んなものを見て、感じて、考えて、動く、その一連のことをきっちり繰り返せる人は、成長のスピードが速い。繰り返せない人は遅い。 昔は苦労したが今は難なく出来ていること、そういうこともたくさんあるけれど、そういうことにこそ、次のステップへのヒントがあるんだろうなとも思う。勉強すべきことはまだまだたくさんあるし、慢心することなく、どんなときでも焦らずに済むように、日々努力を重ねていきたい。
今日の夢(2015/02/11)
夢って言うか何というかなんだけど、朝7時くらいに自分の寝言で起きてしまった。はっきりとした夢は忘れてしまったけど寝言は覚えていて、確かに「いらっしゃいませー」って言ってた。多分仕事の夢を見てたんだろうなあ……
38歳になりましたよよ。
ありがとうございます。押しも押されぬアラサーです。違った、アラフォーです。
子供いないせいか、特にこれと言った実感は無いんですけど。
37歳になりました。 | mutter
俺、36歳になったってよ。 | mutter
35歳になりました。 | mutter
34歳になったようです。 | mutter
33歳になりました。 | mutter
32歳になりました。 | mutter
ヒゲトリマーを貰ったよ。 | mutter
桜木花道な感じで
安西先生「自分一人が初心者という状況でそれでもなんとかしようと、いつも彼なりに必死に考えながらやってるんですよ・・・」 木暮先輩「上達が早いわけだ・・・!!」 (「スラムダンク」より引用)自分が入ったとき、周りのどのバイトと比べても自分が一番劣っているのは明らかだったし、社員スタッフと比べたら雲泥の差があったのだけど、僕にはやりたいことがあるし、そこで「俺ってダメだな」なんて思っている余裕はなかった。むしろダメなのは当然なので自分が初心者で何も出来ないということを受け入れた上で、その上でそれでもなんとかしようと必死に考えて色々やってきた。思いついたこと気付いたことを片っ端からメモ取ったし、そのメモを元にまとめも作ったし、毎日の仕事のことを日記に書いたし、何度も読み返した。 結果として周りのバイトに比べてものすごく早いスピードで仕事を任せてもらえるようになり、それに合わせてシフトを入れてもらえるようになり、自分より1年とか2年とかキャリアが長い(18歳くらい年下の)先輩と同じくらいに働けるようになり。あんまり自分で自分を褒めるのもなと思いつつ、なかなか成長できないバイトやスタッフもいる中で自分がそうではなかったのは、一番最初に書いた「スラムダンク」桜木花道のこの精神だよなーと、ずっと思っています。 歳を取って新しい仕事を始めるってそういうことだよなあと思うし。本当は、仕事を始める年齢なんて関係なくて、誰だって必死に考えていくべきなんだろうけど、でも若い人と比べて思うのは、歳を取ってから新しいことを始めた僕らには基本的に時間がない。若い人たちと同じテンポで修行していたら、あっという間にじじいになっちゃう。無理は承知で何とかしないと行けなくて、自分の引き出しを全部開けつつ何が出来るか必死で考えてやっていかないと。そうしてやってようやく人並みになれると思うし。自分はまだ道半ば、っていうかまだ入口のところだけれど、今後も見失うことなく努力していかないと行けないよね、と思ってます。色々と大変だけど、そういうのすごく自分らしいし、辛くは無いな。うん。 そうそう、もう1個大事だったなあと思うのは、自分の引き出しの中身は使いながらも、過去の経験に拘泥しないこと。環境が変われば常識が変わるし、経験が無価値になることもよくある。それに気付かず「自分はこうしてました」に拘ってしまって、結果、学習の機会を逃してしまうってのを昔よく見た。受け入れるときは一旦全部受け入れていって、受け入れたものを理解出来るまでになった段階で、自分にとって必要なものだけを残すようにすると、学習の機会を逃しにくい。まだ理解が浅いのに受け入れ時点で情報を峻別するのは間違い。もちろん理解が浅いことを自覚しないことも間違い。 年を取るとどうしたって頭が固くなるし、自分の過去の成功体験を否定したくなくて「全部受け入れ」ってのが出来なくなるもの。自分ももう若くはなく、普通の会社だったら後輩に訳知り顔で説教しているような年齢だけど、いつまでも成長していこうと思ったらそういうのを外してものを見るようにしないとね。周りの人間に若い人が多いと言うこともあるけれど、いつもそういう自戒を意識しながら毎日過ごしています。意識しないと、つい油断しちゃうからなーおっさんってのは。ほんとに。
連勤
去年は「年末で忙しくなるから」と言われて休みなしで20日ほど働いて、結果的に超暇だった12月でしたが、今年は仕事も変わって、それも仕事が2.5個くらいに増えて、なんだかんだと11月下旬から連勤しています。12/21(日)にようやく丸一日の休みが取れそうなので、結局25連勤かな?そうは言っても1つ1つはフルタイムではないし、単純な肉体的疲労で言えば大したことはありません。でも昼か夜かどちらか(または両方)に仕事の予定が入っていると、どうしたってフェーダーをオフにし切れないので、どこか精神的な緊張がある。それがなー……じわじわと疲れるんですよね。睡眠時間も合間を縫って細切れで補完するみたいになるし。
そういえば「水曜どうでしょう」DVDの副音声でミスターもそんなこと言ってたなあ。あれは多分「西表島」の副音声。藤村Dは普段は仕事とプライベートの「オン/オフ」をきっちり切り替えたいというタイプなのに、どうでしょうロケは、その「オン/オフ」がなくてずっと「オン」。フェーダー(ラジオの音量つまみみたいな感じ)がずっと中間フェーダーでいつまでも終われなくてそれがしんどいと。なんかその気持ちが解るような気がします。
「もうちょっと考えて休み作れば」とは自分でも思うんですけどねー。「フリーター」ってのはあんまり強い立場じゃないですからね。しかも30代後半。「いけますか?」って言われたらノータイムで「いけます!」っていうしか無いじゃないですか。しかもそれが嫌じゃないんだからなおさら。去年の仕事はかなり苦痛だったけど、今はだいぶ楽しんで、かつチャレンジ精神を持ってやれてるので、そういう意味でのストレスはないですね。
さあ、「1年でもっとも忙しい2週間」が始まるぞー
飛んじゃった
もうすぐ年末年始ということで、飲食店は超忙しいわけですが、そんなさなかバイトの1人が「飛んじゃった」。ある日「来るの遅いな」と言ってたら結局最後まで来なくて、その日は「すみません、寝てました」ってことだったんだけど、その次のシフトの日も来なくて、それについてはまだコメントが無いけどまあでももう無理だよねってことで。それでもなおまだ働きたいんであれば、言ってくるだろうし受け入れるけど(つまりクビではないけれど)、それはそれとして急に連絡なくなるのはなあ。 こういうシチュエーションだと「今どきの若い奴は」というセリフが出がちだけど、店長曰く「今どき珍しいよなあこういうの」。そうなのよね、今の若い子って積極性は少し欠けてるけど基本的にみんな真面目なのよね。僕らが若者だったときの方がずっと適当だったと思う。来なくなった彼もそんな真面目な1人で、口数はあんまり多くなかったけど真面目に働いてたんで一緒に入ったら仕事を教えるようにしてたし、そんな感じでは無かったんだけど……なんかあったんかな。学生だし(大学1年生)、他のバイトもしてるみたいだし、いろいろ時間が足りなくなるってことはあるんだろうけど、それならそれでちゃんと言って辞めれば良いと思うんだよね。「もうしんどいんで辞めます」でいいし。店はすごい困るけど、でもそう言ってる人を無理に働かせても仕方ないからなあ。しかもこのタイミングな。 僕とKさんはそれでも比較的まだ信じてて、今月1回目(通算2回目)の「寝坊」のときは、「高校生から何ヶ月かしか経ってないから責任感が薄いのは仕方が無いけど、社会に出て行くのにそれでは困るわけだし、大学生のうちにきちんと成長していってくれないと困るよね」みたいなことをKさんが言っていて(ちなみにKさんには息子さんが2人)、そうですよねみたいなことを話してたんだけど(それ以外の人はもう既に見切りつつあった)、さすがに2回連続でやられるとなー。仕方ないと思いつつでもちょっと心理的にきついもんある。 若者の「しっかりしてるかどうか」ってのは個人差がすごい大きいんで、19歳でも20歳でも、僕が見てきたサラリーマンの何倍もしっかりしてる奴はいっぱいいるんだけど、ていうか大人ってものすごいいい加減だしな、それでも彼に関しては年齢を感じざるを得ないって言うか。そういう教育って職場がやることじゃないのかもしれないけどさ、でも社会の一員としては、教えられる人には教えるのも必要なことだと思うわけですよ。んで、それができる前に消えちゃったのがちょっと悔しいというか、惜しいというか。彼はそのときおり見せるだらしないところだけ修正したら、色んなことがもっとすんなり出来るようになっていくタイプだと思うんだよね。元々不器用なだけにむしろ。よく見すぎかも知れないけど。 すごい残念。
相互評価システムで迷うこと
今働いている会社では2ヶ月ごとに「最も頑張ったと思う人を投票する」仕組みがあり、簡易な相互評価システムとなっています。一応記名投票ですし、普段は漠然と考えている評価や信頼の度合いなどについて、大なり小なりさらってみる機会になっています。やっぱりあの人がいるだけで安定感全然違うよなとか。 投票の結果は獲得票数だけが発表され、獲得票数が多かったスタッフが表彰される(賞状と金一封)のですが、その結果を眺めていていつも思うのは、「最も頑張ったと思う人」に対する考え方って2種類あるんだなあということ。どちらが正しいと言うことは無いのですが、多分僕の考え方は少数派なので余計にそう思います。
2種類の考え方:
- 最も実力がある人を評価する
- 実力に対して相対的に大きな成果を出した人を評価する
クリエイティブな仕事に対する誤解
同居人のイベントのフライヤーを引き受けて作業してるんですけど、久々に心の底から怒ってしまって、まあそういう仕事に理解のない人(例えば事務畑歩んできたおっさんとか)はそんなもんだろうなと思いつつかなり脱力。多分に「あるある」でありいまさら書くほどのことでもないんですけど、何かを作る仕事というのは、それをよく知らない人から見るとものすごい「簡単な仕事」に見えるらしいんですよね。「やりたいこと」と「完成品」を直線で結んで、「簡単でしょ?」とか平気で言う。
その間に幾多の試行錯誤があり、どれだけの没アイディアがあり、「やりたいこと」と「完成品」との間に存在する入り組んだ、見ようによっては行ったり来たりの道程があったなんてことは、想像できないらしい。いやね、別に「作業をよく知ってくれ」「苦労を解ってくれ」なんて言うつもりはないんですよ。例えば僕だって電気工事の人たちの作業の内容はよく知らないし、「停電します」って言われたら「早く終わらないかなあ」しか考えませんからね。だけど、基本的な人間的な感性として「簡単でしょ?」というようなことは言ってはいけないことは知っています。「この電線を切ってこの電線を繋ぐだけでしょ?簡単じゃん。5分で終わらないの?」そんなことは言わない。僕はエンジニアでもあるから、その間に多くの確認事項と、ミスを犯さないための必要な作業手順とがあることをよく解っているし、そのために作業員の方達が細心の注意を払い、結果時間が掛かることもよく解ってる。
で、そういうことをきちんと想像できるかどうかは、ある程度人として大事なことなんだろうなーとも思ってます。仕事をしている人に対する敬意というか。技術だなんだに対する知識がなくても、「ありがとうございました」「ご苦労様でした」と頭を下げるおばあちゃんにはその敬意がありました。「簡単だろ?早くしろよ」と急かすだけのおっさんにはその敬意がない。大事なことは仕事の内容を知っていることではなくて、相手に敬意を払うことを知っているかどうか。おばあちゃんにくらべておっさんは、人としての価値が低い。お客様ではあるから相手は何も言わないかも知れないけれど。
デザイナーであれ、プログラマであれ、イラストレーターであれ、同じような顧客からの冷たい言葉や態度は、まあ至る所に転がっている話ではある。もちろん、そういうことをきちんと理解してくれる顧客だっているし、理解した上で厳しい要求をしてくれる人はとても大事。そういう人とは良い仕事が出来るし、仕事のクオリティ以外でトラブルは起きにくい。一方で理解してなくて「そんなの適当にぱぱっと並べれば終わりじゃん」とか言い出す人は顧客ですらない。仕事のクオリティとは関係ない部分でもトラブルが起きるし、実際にいっぱいいるんだけど、なるべく一緒に仕事したくない。簡単なら自分でやれば?
デザイナーの仕事に対する見方がこうなるのも、すごくよく解ります。
(出典:練乳さん)
難しいかも知れないけれど、もっと、クリエイティブな仕事に対して理解を持って欲しい。そういう仕事は思っている以上に身の回りにたくさんあるものだし、「敬意がない」と指摘されたと言うことは、これまでそういうことに対して敬意をもって接してこなかったという意味。解らない人は、山にでも登ってみたらいいんじゃないかなあ。見えてる頂きが近いとは限らないってのを、体に刻んだ方が良いんじゃないか。