『松本人志語録』より。 – 女と、大人という兵隊について –

この間、特に何でもないタイミングで、友達が雑誌読みながら僕に質問をしてきて。 ああ、大したこと無い質問やら、抽象的で深いヤツやら色々。 (『脚か胸かで女を選ぶとしたらどっち?』みたいなのとか) なんだ?と思いつつも、 殆ど全ての質問に即答していったんですけど、 どうやらそれが、松本人志のインタビューだったらしくて。 しかも、僕の回答が8割くらいの確率で全く同じだったみたい。 松本人志は…人間として凄いなぁと尊敬してはいるけど、 まぁ別に僕自身は好きでも嫌いでもないので、 ふーんと思ってたんだけど、それでも、なーんかね。 凄く共感できるところもあるんだよね。

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自分の特技だと思うことにした。

昔からうすうす感づいてはいたんだけど… どうも、人に顔を覚えられやすい、らしい。 まー目が大きくて、彫りが深くて、はっきりした顔してるからなんだろうけど、 自分ではあんまりそれを意識してなかったのね。 そんなに派手な行動取るわけでもないし、 自分としては、そこにいるだけ、のつもりの時も多いんで。 自分で見てる風景は、“自分のいない世界”だからね。 自分がどんな人間かは、他人という鏡を通してみているとはいえ、 さすがに自分がどう見えるかまではわかんない。 しかし、どうやら、そういうことらしいです。 飲み屋とかでも、結構すぐに顔覚えてもらえる。 覚えてもらいたくない場所とかでも覚えられちゃうし、 悪いことは出来ないわけだけど(苦笑)、 まぁでも、大体においては悪いことでもないなーと。 そういうわけで、最近は、これを特技だな、と思うことにしてます。

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若年性健忘症チェック

ふとしたところで、若年性健忘症チェックってのを見つけたので、やってみた。

「聞いたことをすぐ忘れてしまう」「相手の話すことが理解できない」――。このような深刻なもの忘れの症状に悩む、20〜30歳代の人が増えているという。 河野臨床医学研究所付属第三北品川病院理事長の築山節氏は、こうした人を「若年性健忘症」と名付けている。最近は、脳神経外科を専門とする築山氏の外来を訪れる患者のうち、約2割を若年性健忘症の患者が占めるまでに至っているそうだ。
 
チェック項目は以下。 では、実際にチェックしてみましょう。

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たまに、自分の方が異常なのかもしれないと思う。

自己中心的なことや、筋の通らないこと、誠実さを損なうことに対して、 どうも『平均』以上に、過敏に反応してしまうらしい。 4/3早朝mixiに書いた文章の中で、 ── その文章は、考えていたことと思いついたことをつらっと書いたものだ ── やっぱり同じようなことを指摘して、 しかもつらつら書いちゃったもんだからそのロジックがわかりにくくて、 理解して貰えなかった。 ただ、ステレオタイプに基づいて不快な批判をしているのだと思われたみたい。 でも、そういうことじゃなくて。 まぁこれは、指摘をしてくれた人とメールしてる間にはっきりしたんだけど、 意図と、結果の違いを、どう認めていくか、と言う部分において、 客観性と誠実さを求めているみたい。僕は。

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依存、について考え続けている。

感情や主観に基づいた自分の判断に疑問を抱き、 ふと立ち止まって、違う視点から自分を眺めてみる。 そういうことは、これまでに何度もあるから、このことは別に特別なことではない。 こうあるべきだ、しなくてはならない、というようなことではないし、 自分以外の他人に何かを強制することでもない。 自分を見て、もしかすると自分は今こうなのではないか、と予測を立て、 だとするなら、この件やあの件は説明がつくかなぁ、と、 何となく思いを巡らせる、そんなことだ。 その思いを元にして、その局面の打開を図ろうとするのだけど、 仮にその予測が外れていて、僕の策が当を得ていなくても、 どっちにしろ閉塞感はあったのだから、特に損をするわけでもない。 あ、違ったのか、と思い、次に活かすだけのことだ。

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30歳になりました。

そういうわけでね。 いつの間にか、10の桁がまた1つ上がりました。 とはいえ、自分ではあんまり変わった感じはないんですよね。 19歳から20歳になったときには、 正直言ってかなりの衝撃… 『あーこれから人生始まるな』的な何かを、 感じていたような気がしますが、 (もちろんそれと裏腹な現状に対するやりきれなさも) 30歳になる瞬間てのは、んーそうだな、 新年と同じような感じでしたね。 普通にいつも通り暮らしてたら、そうなってた、みたいな。 そう言うわけで、自分の中での実感は薄いんですけど、 そうは言ってもやっぱり、 色々と考えることは増えてくるんだろうなぁ、と思います。 年齢を重ねることによる周りの印象自体は、 元々そんなに若く見られない (年齢の5歳くらい上に思われる)こともあって、 そんなに変わることはないと思うんですが、 自分の中での軸は少しずつ動くことになるのかな、と。 ああ、言っておかなくちゃいけないことは、 別にだからといってネガティブな印象ではない、と言うこと。 これは、きちんとした給料をもらうようになったときに 思ったことでもあるけど、 オトナって、ずるいよな、と。 学生時代にキュウキュウとしながら発泡酒を飲んでたのが、 働くようになって値段見ずに美味いビールを買うようになったように、 年齢を重ねることは、 色んな『快楽』を理解できるようになることでもあるなーと。 昔は何となくそんな感じで流して遊んでたけど。 そう言う意味で言うと、僕の中の『30歳』は、 2年くらい前からとっくに始まってたので、 だからこそ『今』っていう実感がないのかもしれないですね。 今は、ここまで体に馴染ませてきた感覚をベースに、 何かをやろうとしてる真っ最中。 死ぬまで、生きようと思います。 (ヤングジャンプの本宮ひろしの新連載に同じセリフがあって驚いた) イエーー。

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やっぱり、考えながら書くタチなんだなぁ。

まぁどれ、というわけでもないけど、 言ってみればこの文章もそうなんだけど、 考える→書く じゃなくて、 何か閃く→書く→考える→書く なんだろうな、と。 この間書いた、バレー界に関するエントリにしても、 ハテブで指摘されたとおり、微妙に、文頭のノリと、締めとが違うんだよな。 それは後で読み返して解って、まぁ、書き直すのもアレだし、 はてダで軽く反省会してみたわけだが、 文面通りに受け取るなら、ある程度、誘導っつーか、曲解っつーか、 言い回しと勢いでっていう感じありあり。 言いたいことは、 (放送局に否定的な態度でありつつも)糾弾すべきはバレー界、 特別ルール自体は、コラムの本質的な批判対象ではない、 ということなのだけど、無駄が多い(その無駄は僕にとっては考えの過程なのだが)ので、 素で読むと、どうも、言ってることが遷移してる。 (そもそも、タイトルと内容が合ってねぇ) 個人的には、それを残しておくことで、自分の思考を追えるっていう利点があるんだが、 他人に言及している点を考慮すれば、 公開文書としては無責任すぎるよなぁ。 その辺の、文章に落とし込むところの拙さが、 自分の文章力の限界という気もする。 『書く気を抑えきれない』というかんじでね。 まぁ良いからとりあえず書いてみろ、みたいな。 あと10歳くらい年とれば、 もう少し我慢強く、辛抱して、結論を伝えるように書けるのかもしれないけど、 ちょっと今のところは無理っぽい。 と、閃きを抑えきれずに書いてみるわけだが。 多分、このブログは、他人に広く公開してる割には、 激しくチラシの裏(個人的には、自分のノートの延長)なんだろうな。 否定的な意味ではなく、 自分にとってそういう存在なんだろうな、ということで。 そのことと、公開したいという気持ちが、 どこでバランスとってるのかいまいち自分でもよく分からないが。

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