仕事の辞め時

基本的に自分の考えをまとめるための、愚痴マシマシの、仕事の話です。



今、僕のお財布は2つの仕事から成り立っていて、1つはレストランのキッチンでの仕事、もう1つは通販サイトが主な売上を占める小売店での内製プログラマ。レストランの時給が著しく安い(一応、経験者採用で研修期間後は昇給が約束されていたはずなんだけど、新型コロナウイルスの影響などで売上が芳しくなく時給はいまだに据え置き1,000円)こともあって、労働時間は同じぐらいでも収入はプログラマの方がレストランの倍あります。お財布の2/3を占めているのはプログラマでの収入、レストランでの収入は1/3しかありません。


その上レストランの方には「安定して仕事をもらえる保証がない」という問題もあり、今は観光シーズンもあって売上が持ち直しつつあり仕事をもらえているけれど、年が明けて売上が下がるシーズンが来たら仕事が減ります。それまでにプレゼンスを高めて、優先的に仕事がもらえるよう努力はしていくけれど、いかに現場に望まれても会社経営陣がアルバイトの雇用を「No」といえば、僕に人件費が割かれることはありません。お金を貯めていかなければいけない僕には、安定して得られる収入源が必要です。


そういう意味では、プログラマとしては極端に安い給料だけれど自由な働き方を認めてくれて、安定して給料を払ってくれる内製プログラマの仕事はとてもありがたい。もしこの仕事を失ったら、僕はまたかつてのように朝から晩までずっと働き続けてそれでもなお生活ギリギリの収入しか得られないという、ワーキングプアをそのまま表したような生活に戻ることになります。それはキツい。本当にキツい。それをするぐらいなら自分で商売を始めた方がまだ希望が持てるんじゃないかっていうぐらいキツい。とても飲食店を新しく始めたくなるような社会情勢ではないけれど。



つまり何の話をしているかというと、内製プログラマを辞めたいんですよ。

辞めたい理由はいろいろありますが、一言でいうと、仕事を続ける上で掛かるストレスが大きくなってきたからです。


同じ会社では7年前まで10年ほどエンジニアとして働いていました。基本的には共同創業者であったCTOの指示の下様々な機能を開発していく立場でしたが、CTOが退職したあとはシステム管理者や実質的なCTO、外注先との折衝、果ては社内テクニカルサポートまでカバーしていました。僕自身は独学でプログラミングを勉強したに過ぎずその技術は拙いものでしたが(それは今もあまり変わっていません)、それをカバーするだけの働きはしていたつもりです。もし優秀なエンジニアがいれば、僕はそのサポートに回ってもっと良い仕事が出来たはずだと今でも思っていますが、残念ながらそんなことが起きることはなく、逆に社長が連れてきたコンサルタントによる、業務の遅れやシステムの老朽化をすべて僕の技術不足のせいにする活動によって精神的に参ってしまい、2013年5月に休養を決め半年ほどの療養を経て10月に正式に会社を辞めました(ただし細かい更新業務に限った委託業務としては2016年6月まで関係は続きました。といっても2014年以降は月10,000円にも満たない程度ですが)。


どうやら叱責を受けながら背伸びをして頑張って働き続ける、そういう働き方が僕には合っていなかったようです。今でもそういう働き方を始め、ストレスが強く掛かる環境での仕事は無理ですね。



復職したときと状況が変わりすぎてるんですよね

僕が会社に復帰したのは2017年末のことでした。千万単位の金を受け取りながら様々な問題を巻き起こしバグだらけ、未実装多数の状態で新システムをリリースしたコンサルタントは既に去り、後継として入社した優秀なエンジニアがシステムを立て直し実装漏れを実装し、なんとかシステムを使える状態にしている状態でした。その時点で飲食店で忙しく働きつつ補助的な収入を求めていた僕と、正常稼動できるようになった新システムにて細かい修正作業を拾う人員を必要としていた会社とで利害が一致し、新機能などの大きなプロジェクトは優秀なエンジニアが担当し、僕は空き時間を使って出社して細かい作業をして短時間で帰るという条件での入社となりました。出社は正直手間でしたが、正社員時代よりも高い時給が設定されて効率は悪くなく気分転換としても満足していました。これなら夜の仕事(当時は居酒屋勤務でした)とも両立できる。優秀なエンジニアの強い要求によりくだんのコンサルタントからの提案はすべて却下。新鮮な環境の下で、かなり気持ち良く働いていました。


状況が変わったのは2018年末、優秀なエンジニアが退職してからです。エンジニアが転職していくことは良くあることですが、技術系企業ではない中小企業の内製エンジニアとなると話は別で、後継者はなかなか見つかりません。僕にも遠回しな言い方ながら打診がありましたが、気楽な環境で働けることが働く条件であった僕にとって彼の後継になることはその条件に反することでしたし、即答で断りました。そんな重責を担うことは出来ません。それでいったんは引いた会社側でしたが、優秀なエンジニアがやっていたマネジメント業務を非エンジニアの代表が引き継ぐのは絶対に無理です。いずれ待遇を上げるなり、エージェントを利用するなりして人材を登用するのだろうと思って見ていたところ、驚くことにそれから2年間、ほとんど全く何も動きが無いままに、会社の売上増に関わる重要なプロジェクトをじわーーーーっと僕に任せるようになってきました。仕方がないなと思って2件ほどは付き合ったのですが、3件目のプロジェクトが1人でやるには分量が多すぎ、その上、5時間以上まとめて勤務できるのが週に1日しかない僕がそのプロジェクトを完遂するのは正直いって不可能で、だんだんとストレスを感じるようになってきました。


ああ、この感覚、いつか感じたことがある感覚だぞ。あのときと違って今はフル勤務ではないからこのストレスに押しつぶされることはないけれど、このおかげでこの仕事が明らかに楽しめなくなっている。これ、あかんやつや。逃げられるときに逃げるべき。せめて距離を取るべき。



問題は:金なんですよね

しんどかったら辞めたら良いよ


僕のことをわかってる人たちはみんなそういってくれると思うんですが、問題はカネ。今の内製エンジニアと同じ働き方で同じ給料を払ってくれる仕事なんか日本にはありません。必然的に時給1,000円前後でアルバイトをすることになります。同じ収入を維持しようと思ったら、レストランと合わせて月300時間近く働かないといけない。時間が取られるのはまだしも体力が続くかわからないし、脳血管の問題もある(以前発症した脳動脈解離は完治しましたが、完全に問題がなくなったわけではありません。実は)。そう考えると我慢して内製エンジニアとして働いた方が収入は維持できる、でも、人間我慢できることと出来ないこととがあるじゃないですか、ここまで2年間我慢してきたけれどそろそろ我慢できないレベルになりつつある、あああ、どうしよーーー。



といったのが、2020年末、イマイマの心境です。


会社が悪いというよりも、会社の状況および僕に求めることと僕が会社に求めること、復職時の状況を「利害が一致した」と表現しましたが、それが一致しなくなったということなんですね。辞めるのは恐らく難しくないんですが、それでどうすんのっていわれると答えられない。どうするんだろう、俺。生きていくだけなら1年ぐらいは生きてけると思いますが、僕には金を貯めて自分の店を持つっていう夢があります。それも出来るだけ借金をせずに自己資本で。出店するだけでなく出来れば死ぬまで続けたい。そのためにはまだあと何百万か必要です。宝くじでも当たれば話は早いんですが、そんな幸運降ってくるわけもなく。

ストレスの根源になっているデカいプロジェクトから離脱して、以前と同じように小さな更新作業や誰かのミスの手当、データ集計だけやるっていう形に収まれば続けていけるんだけど、そこんとこ会社とネゴシエーション出来るだろうか。遅くても年内には結論を出して必要なら会社と交渉したいなあと思ってはいるんですが、さてどうなるかなあ。


まあまた報告します。愚痴込みで。