謙虚に学び続ける

「やってみよう!」のイラスト文字
僕が持つ雰囲気の話を書いたときに、同じ2014年に書いたこちらの記事が関連記事で上がってきてつい読んでしまいました。


謙虚に学ぶ – NOBODY:PLACE

書いた当時に言っていることは、自分はサラリーマンを辞めて飲食業界に入ってまだ1年程度しか経っていないのだから、自分は何も知らないのだという立ち位置を忘れずに年齢その他関係なく謙虚な気持ちで学んでいくことが必要だということなのですが、それから6年経った今、当時に比べれば遥かに色んなことが器用に出来るようなった今でさえ、やはり謙虚に学ぶことが大事であるという気持ちを持って日々過ごしています。



イタリアンレストラン時代、まだまだ慣れない

和食系居酒屋から転職してイタリアンレストランに入って、現場に立ったとき、そこで行われている料理のほとんどがわからないという現実に直面しました。全く畑違いの現場に来ることになった時点で、何かが出来るとか出来ないとかいうような先入観を持たずにやってきたので、自分に出来ないことが多すぎることにショックを受けることはなく、まあそうでしょうねと思っただけでしたが、それにしても違うことが多すぎ学ぶことが多すぎました。

居酒屋時代に比べると周りのスタッフはさらに一回り年下の世代で、20代半ばから30代前半。僕に対してより一層遠慮している感じがあったので、それは「雰囲気の話」でも書きましたが、とにかく(料理長がどう紹介したかは知らないが)自分は何もわからないということを正直に言って、周りのスタッフにも何にもわからない人に一から教えるという気持ちで接してもらった結果、かなり早いスピードで仕事に慣れることが出来ました。性格的にそのことでメンタル的な我慢が発生することもありませんし、完全にストレスフリー。様々なことを基礎から教えてくれている年下の先輩たちにはほんとに感謝しています。



居酒屋時代、最終盤ではどうだったか

最後の方はだいぶ上の方になってきて、謙虚だったかと言われるとわからないなと思っていましたが、よくよく考えたらやらせてもらえる仕事に限界が来て覚えることがなくなってたんでした。初めてやることなんて年に1回もない。失敗することも殆どないし、学ぶ機会がないわけだから謙虚に学ぶ姿勢を発揮する機会もない。もちろんぬか床の調整だとか、包丁の使い方だとか、日々独学でアップデートするものはありましたが、小さな店で人手不足なのによくわからない縄張り意識みたいのがあって、教えてもらえなくなってたんですよねー。

ねぎぐらい切らせてくれても良かったのにとか、明太子混ぜるだけの明太子パスタぐらいやらせてくれてもとか今なら思いますが、当時は僕も人の縄張りに入っていくことに躊躇があったんでしょうね。今はそういう意識はだいぶ低いし、割となんでも聞いてやってみているし、そういう意味では謙虚な姿勢にもバージョンアップがありました。そうかそうか。



これからも謙虚に学び続ける

イタリアンレストランで長く働けば、今は空っぽの僕もいず例論なことが出来るようになってくるんだと思います。そこまでイタリアンにこだわりはないので、体系的に勉強するか?と言われたら多分しないだろうとは思いますが、それでも技術や知識は増えていくでしょう。今後職場環境が変わり僕が50代に60代になっていっても、その意識は常に持って、何か知らないことを知っている人がいるのであれば、それがどんな人であっても教えを請う人間でありたい。


何って、結局そういう方が楽しいんですよね。

楽しむ方法があるのなら、楽しんでいかないとね。まだまだ先は長い。