写真を撮るとき、電線の存在は、本当に邪魔以外のなにものでもない。
空や風景を撮るにしても、建物や看板を撮るにしても、人を撮るにしても…
そこに電線があるってだけで、なんとなくゴチャ付いて、汚く見えてしまう。

そんなことを思っていたのだけど、
いや今でも、しょっちゅう思ってるけど、
でも最近、電線にも、独特の造形があるなーと気がついた。

考えて見れば、電気工事の人たちが、限られたスペースを最大限に利用して、
出来るだけ効率的にケーブルをはわせているわけだから、
そこに、職人的デザインが顔を覗かせないわけがない。
大体全ての電線は、必要があって、必要なだけ、そこにあるわけだから。


…もちろん、全部が全部素晴らしいとは言わないけど。
でも、素晴らしくなくたって、なんだろうなー…そこに、人が見えない?
そうやって考えてみてみると。

例えば、これ。

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何でこんなことになっちゃってるのか、皆目見当が付かないけれども、
スペースに比べて、ケーブルの本数が多すぎたのか、思っていたよりも長すぎたのか、
何らかの理由があって、余分にケーブルを用意しておく必要があったのか?

素人の僕には全く分からないけれども、
それにしても、もの凄く奇妙な造形だ。
こんなの、電線を気にしてみなければ、早々お目にかかれない。


他には、これとか。

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ピントがぼけてる&雲が飛んでるのは見逃していただいて、この電線。

縦の線が、道路に沿ったメインの線で、
そこから右側に伸びているのが、そこから枝分かれしている線。

この右側は路地になっていて、いくつか民家がある。
この写真に写っている支線の数、つまり10軒の民家が、
その路地の両側にはある…と言うことになるんだけど…

いや、まとめろよ(笑)

民家が一軒建つ度に、1本ずつ、メインの電線から電気を引いてるんだろうか。
マンションとか、別に部屋数の分だけ引いてるわけじゃないんだし、
もうちょっと、電線引っ張った先の配線を工夫したら、こんな風にはならないような気がする…
で、そういう工事が空を見えにくくしているとも言えるんだけど、
どの電線を見てもこうなってるところを見ると、
物理的に(ないしは予算的に)これしか仕方がないのかも。

それよりもむしろ、この電線には、
その先にそれだけの人が電気を受けて暮らしている、っていう生活が見えるというか。
で、新しく人が暮らすようになる度に、その電線1本1本を民家へ繋いでる人がいるというか。
当たり前のことなんだけど、改めてみてみると、そんなことを思う。

その他にも、意識してみてみると、
いろいろと不思議な形をしている。

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この線の取り回しは何のためにあるんだろう?
磁力線のイメージに、どことなく似ている気もするし、
たわしのようにも見えてしまう。


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これとか、別に何の変哲もない、どこにでもある配線だけど、
ビニールテープでの処理とか、
プラスチックの部品に巻かれてる電線とかに注目すると、
なんだか、工作品みたいにも見えてくる。

学研の付録で作ったヤツの複雑なの…みたいな。


電線は、街の景観には不必要なもの、
という考えは変わらないけれども、電線がそこにあるのは、
ただそれが街の景観を騒がしくするためにあるわけではなくて。

そこに電線があれば、それに関わっている人たちがいるということなのだなぁと。


そんなことを、最近思っているのでした。

感傷的すぎるかもしれないけどねー

追記:2008/02/24

トラックバック先について、SPAMだろうなぁ…と思いつつも、 電線被覆って言う狭い範囲で情報を集めてる姿にちょっとカンドーしたので、 迷惑トラックバックを解除してみました。 更新はしてないみたいだけどね。