僕は昔、長距離を走るのが苦手だった。もちろん、嫌いでもあった。
短距離は、鍛えていない割には速い方だったけど、
はっきり言って、1km以上を走るのは苦痛だった。
鍛えてもなかったし、たまに体育で走らされるだけで、好きになるわけもなかった。
そういう意味で、今ほど、走ることが好きになった時期は他にない。


長距離を走るのに必要なのは、もちろん、体力だ。
長く走り続けられなければ、長い距離は走れないし、
それには、心肺的にも、筋肉的にも持久力が必要だ。


でも、こうして長い距離がある程度走れるようになると、もう一つ必要なことがあることに気付く。
それは、長い時間を飽きずに我慢できるという、精神的なものだ。
これは、同時に、自転車競技にも共通する部分でもある。


自転車で何日か移動するとき、目安となるのは、1日100kmだ。
もちろん、無理をすれば、200km近くは行けるし、習熟度でも違う、
でも、同じ事を繰り返していくような場合には、その辺りが限界だ。
自転車は、休憩や信号待ちを含めると大体、時速15-20km/hくらいだから、
おおよそ、6-7時間かかるわけだが、その間は、精神的には“暇”だ。
体は動かしているけど、精神的にはずっと何時間も考え事をしている、そんな状態に近い。


ジョギング中は、長いと言ってもたかだか1時間くらい。
自転車に比べれば短いけど、やっぱり同じような精神状態になる。
もちろん、状況に対して判断が必要なこともあるのだけど、まぁ大体は考えごと。
走り終わるとね、大体は綺麗さっぱり忘れちゃってるんだけど、
次に走りに行ったときに、その続きから考え事が始まったり。不思議なもんだ。


もしかして、プロの選手でも、哲学的な人が多いような気がするのはそんなせいかなぁなんて。
もちろん彼らは競技だし、勝負だし、考え事をしてる暇はなくて、
頭をフル回転してるんだろうけど、
でもやっぱり、同じようなことがあるんじゃないかなぁ。


なんて事を考えて、夜の御所をじっくりと走る。