プリンタ探して何マイル。

先日、プリンタを買いに行きました。 本当は大阪・日本橋まで出ようかと思ったんだけど、出発が遅くなってしまったんで寺町の電気屋へ。 ねらいは、CANON PIXUS iP4100。 以前、『iP8100に変更する』と言ったんだけど、 色数が増えれば増えるほど、維持費も高くなるので… 当初の予定通り、iP4100に決定。 予算は…まぁ正直に言えば数千円高くても関係ないんだけど、 そういうわけにも行かないので、インク代と合わせて30,000円未満を目標に店を回る。 ネットで調べると、最低価格で20,000円を切っているところもあるので、 楽勝かと思われたんだけど、コレが意外に苦戦。 寺町はどちらかというとパーツ屋の方が多く、 プリンターは電気屋にしかない。 というわけで競争も程々なのか、値段もあんまりバリエーションが無く。 安くて24,800円、高くて25,800円という感じ。 うーむ。せめて表示で23,000円台だったら即買いだったのに。 あ…、改めて書くけど、別に25,800円でも十分に予算内だったんだけどね。 なんつうか、その日のルールだったので(苦笑) (今思えば別に買っておけばよかったと思うけど) 特に欲しいモノも見つからず、なーんとなく中途半端な感じで寺町をあとに。 烏丸に突き当たってひと思案。 『ん、南下しちまうか…?』 時間はまだ早かったし、運動にもなるか、と思って烏丸を南下。 目標は、京都駅前、platz近鉄のソフマップ。 あんまり良い噂は聞かないけど、まぁ見るだけ見てみようか、と。 (…って、京都の人にしか分からんな、この辺の距離感) ソフマップ着。 周りは自転車を止める場所が全くなく、そして駐輪場は200円取られる始末。 行きがかり上、金額に細かくなってるので200円でも取られたくない。 というわけで、烏丸沿いに無理矢理駐輪。 すぐ側に七条警察署があるのがあんまりよろしくないけど、 ま、撤去するのは警察じゃないから。自転車の場合。 肝心のプリンターの方は、『25,800円さらに値引き!』との表示。 その辺の店員捕まえて聞いてみたところ、 『21,800円なんですけど…』 と煮え切らない返事。お、安い!でもなにか? 『恐らく今在庫がないかもしれなくていつ入ってくるかもちょっとわからなくて…』 うむ、やはりソフマップの店員教育はなってないようである。 あ、そういう事じゃなくて、圧倒的に即買いレベルの値段だったけど、 在庫がないんじゃあねぇ。しょうがない。 どっちにしろ、地下鉄で来れば持って帰れただろうけど、 自転車でプリンターってちょっと…ねぇ?非現実的だったので。 以上、労力使った割には全く何も買わないという、 (USBメモリくらい買えば良かった…) ホントにウィンドウショッピングな電気屋行脚でございました。はぁ。 まぁ、年賀状出せないし、そういう意味では緊急ではないんだけどね。 正月明けて、年賀状によるラッシュが収まったくらいにまた見に行こうかな。

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NEET

ニート(NEET)
無業者のこと。(Not in Employment Education or Training)もとは英国の労働政策から出てきた言葉。フリーターは就職意欲のある人たちだが、ニートは同年代で就職意欲のない人たちのこと。統計上現われ難く、実態がつかみづらいが、ある調査によると2004年現在で76万人に達し、同世代の約2%強に相当するとされる。この数字は10年前の約1.9倍。ほとんどがパラサイトで、短期アルバイトしかしない。
いかにも英語的で嫌な言葉だけど、まぁなんだ、そういうことだ。 『どうして素直に無職だと言えないのか?』 『一見格好いい名前を与えると反省しなくなるかも』 という意見も見かけた。 この言葉は意外と同義語が無くて、 『無職』より、その性格を含めて狭い範囲の集団を指している。 もはやモラトリアムですらなく、ただ何もしない、という人々のことだ。 正式名称『Not in Employment Education or Training』からもわかるとおり、 働いていない人の中で、学生でもなく、就労に向けた具体的な動きをしていない、 つまり働くべきなのに働く意欲のない人のことを指す。 働かずに食える状況というのもはっきり言って驚きだが、 (どんな便利な社会なんだ日本は) まぁ確かに、こういう言葉を使うと、居場所を与えるという影響もあり得るね。 そもそも、ホームレスでさえ食い扶持を稼ぐために働いてる時代。 僕自身は働かないことに対して偉そうなことは書けないけど、 しかしなんだろう、解消に向けた社会的対策とかではなくて、 そういう人間に対しては、それなりの対応をしてやることが 社会的に正しいことなんではないだろうか。 フリーターや学生アルバイトは、確実に日本の産業の一端を支えていると思うが、 ニートはマイナスをもたらすだけである。 それをサポートするために支払う税金…もったいなさ過ぎ。 ニートは飢えて良し。

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ナンパ師?

今日はJET SET忘年会でした。 というわけで酔ってますが、その席で。 『某KCMT(仮名)から、メトロ(69tracks)でナンパ師だって聞いてた』 という発言が… ナンパ師!? うーん初耳だなぁ…(苦笑) ナンパなんかしたことないしなぁ… つうか、出来るくらいならしてるしなぁ… どう考えても、ひとり(今の彼女)しか思いつかないんですけど。 どんな説明の仕方なんだ(苦笑) あ、そう。 そっちがその気なら、こっちにもやりようが…(ニヤリ) まぁどうでもいいんですけどね。 話のネタになれば。 (静岡にいた頃に比べると考えられないほど関西チックなリアクション) なかなか、楽しい忘年会でした。

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殻。

薄々感づいてはいたんだけど。 ここ何ヶ月か、ずっと自分の殻に閉じこもってしまっているような気がする。 不機嫌だったり、元気がなかったりということは あまり感じられないかもしれないけど、 ただ見ているだけのことが多かったり、 いずれ自分が困るかもしれないというようなことでも そのまま、見送っているような。 交差点の人混みの中で、流れを見つめている感じがある。 それでも、最低限のコミニュケーションに支障は来していない。 喧嘩やいざこざが絶えなかったり、誰とも話さない日が続いたり、 部屋から出たくないと思ったり…というようなことはない。 むしろ、周りの人間とのコミュニケーションは円滑そのものだし 職場でも多くのスタッフと笑顔で会話を交わしている。 イベントに行けば、多くの友達と冗談を言い合っているし、 ちっとも、おかしくなんかない。 ただ…なんとなく、体の表面での会話の度合いが大きいと感じる。 問題は。 距離が近ければ近いほど、心を許したければ許したいほど そういう友達ほど、距離を置きたい、と感じてしまうことだ。 別に会いたくないわけじゃないし、会えばそれなりに楽しい。 でも、なんか違う。 本当に伝えたい気持ちが言葉にならないので、 仕方が無く冗談で誤魔化している、という気がすることがある。 恋愛然り。 人に何かを要求することが、『面倒』なのだ。 同時に、要求されることも面倒で、重荷に感じてしまう。 特定の何かに対して嫌悪感を抱く、ということではなくて なんだか、全般的に気を使うということが重荷に感じてしまう… それを無理矢理押し通そうとしてみたところで、結局上手くいかない。 心が入っていないのかもしれない。 幸いというかなんというか、 別に落ち込んでいるわけではないのだ。 むしろこれこそ、本当に鬱なのかもしれないという気もするが、 生きる気力がないとか、何もしたくないとか、そういうことではないし、 引き籠もることもないし、コミュニケーションを拒絶することもない。 来るコミュニケーションは、特に拒まない。 別に、普通だ。 でも、なんとなく、違和感があり、 なにが悪いのか、悪いのかどうかさえ、よく分からない。

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小数点の定義。

プログラムを触っていて、ふと感じたことなのだけど、 『小数点』というのは実は存在しないんではないか? いやもちろん、実際に、『1.2』とか『5.9』とかいう数字は存在するのだけど、 本当は少し意味が違うというか… たとえば、僕らは直感的に『1』を常に基準単位として生活している。 だから、『1.2』という数字は、1と、0.2というように捉えているし、 1.2個という数え方をする。 しかし、実際には、個数を数える場合、 実際には整数しか存在していないのでは? 小数点というのは、1を基準にした時の個数を示しているのではなく、 あくまで、基準単位は何か?を定義している、と。 つまり、『1.2』という数字は、『1と0.2』ではなく、 『0.1を基本単位にして、12単位分』ということなのでは。 だから、1と1.0は同じ分量を表してはいるけれど、 意味するところは違うんじゃないか、と思うのだ。 要するに、小数点というのは整数未満の数字を表すためではなく、 基準単位を変更する、という定義で捉える方が、 数学的に?プログラム的に?正しいような気がする。 大したことでもないしどうカテゴライズすればいいのかわからないし、 特になんの裏付けもないけれど。 なんとなく。

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moblogが投稿できなくなってました…

moblogが投稿できなくて、 なんかおかしいな?と思ったら、 MTのインストール先を変えたせいでした。 とりあえず設定し直して…多分今は行けるはず。 ご迷惑を…お掛けしたかよくわかりませんが(苦笑) とりあえずご報告まで。 XML-RPC API の場所が変わってて、 上手く投稿プロセスが完了してなかったんですね…迂闊だった。

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NOBODY:PLACEのアクセシビリティについて…

白いツバサさんのところで、 『英語多用&高度で一般人には入口を捜すのが大変ですよー』 というご指摘を受けたので、なんだかんだと言い訳してきてみたり。 以下抜粋。

こんにちは。 >ところで、isさんのblogは英語多用と高度に出来ているので一般人は入り口を探すのが大変ですよ。 そうですね。しかし、blogの概念には大きく外れますが、分かる人だけ分かればいい、というのがあのサイトのコンセプトです。既に膨大な数の文章が書き散らされているので、元々タイトルから希望の記事にたどり着くのはほとんど不可能ですし。サイトのどこかに書いてますが、あれはblogの管理システムを利用した、個人サイト、なんです。幸い、やたらと収集されてるようなので、検索でヒットしないコラムは誰も読みたがらない、と(笑)WEBデザイナーにはあるまじき設計理念ですが(苦笑)でも、やたらとバリアフリーなネットアクセスというのも、一概に良いとは思えない、というのが(あのサイトでの)考え方ですね。ビジネスサイトではないので、初めに分かりづらくても、2回目に来て分かれば、それは成功なんですよ。大仰なメニューは良く訪れる客には目障りに見えてしまうモノなんです。 まぁそんな感じで一応言い訳まで…(*ー)
いろいろと書いてるけど、早い話、 『わからなかったらわからなくて良いのです』 という、来てくれた人が呆れるくらい、いい加減なことを主張してる。 でもまぁ、本音だろうね… 書きながら、なんとなく京都っぽい考え方だな、とも思ったけど。 このサイト、絶対に、見やすくなんか無いってのは、僕も十分に分かってるんです。 文字サイズが10px(7.5pt)で絶対指定してる時点で、 来る客の半分は読む気を失う(笑) そして、検索で飛んできても、 どれがメニューやらわからん、ということで、アクセス的にも発展しない。 (MUTTERの個別記事には、他のエントリへのリンクすらありません) でも、僕はそれで良い、と思ってるんですよね。 ここを訪れる人には、明らかに複数の種類があって、 一つは、リアルの僕を知ってる人、または、古くから訪れてくれてる人。 もう一つは、たまたま検索でヒットして飛んできてくれる人。 前者の人は、記事の流れを読み、後者の人は、記事そのものを読むんだと思う。 経験上、後者の人は、その記事を読んだら、検索結果に戻るんではないかと。 僕個人に興味を持ってくれるなら、多少分かりづらくてもリンクを探してくれるはず。 目が不自由な人のことを考えていない点でも、 このサイトのアクセシビリティは0点です。 ビジネスサイトならば、絶対に書き換え指令が出る。いや、俺が出す(笑) でもねぇ…そこまでして、多くの人に受け入れてもらおうとは思ってない。 そういう0点のアクセシビリティにも、 僕の考え方があると思ってもらって良いんじゃないだろうか。 例えば、コメント、トラックバックのボタンにしても、CとTのちっちゃいボタンが下に付いてるだけで、 巷に溢れてるblogになれてる人にはわからないと思う。不親切きわまりない。 でもね、わかる人にはわかるんですよ、コレが。不思議と。 『取扱説明書』じゃないから、こういうことは1度分かれば2度目の説明はいらない。 2度目の訪問者には、わかりやすい説明と、大きなアイコン、この2つが無駄になる。 カテゴリーリストで表示したとき、タイトルしかでないのも同じ。 blogというのは便利なツールだけど、 その便利さ故に、時に、ページの中で何が重要かを埋没させてるんじゃないか? 文章に用事があるときに、横目にちらちら入るメニューは必要なのだろうか? コメントはこちら、リンクはこちら、そういう指示がいちいち必要なのかしら? 在る意味で、blogという形態をとりながら、blogというモノへのアンチテーゼでもあるんです。 もちろん、白いツバサさん管理人さんのように、 こちらのコメントを読んで訪れてくれた方が 『どこに行ったらいいかわからない』、と困っている… それを無視するほど冷たい人間じゃないつもりです。本当に申し訳なく思っています。 それでも、このサイトは、訪問者に注文を出すことはしないんです。 好きに、歩いてもらって構わないし、 腹を立てて出ていってもらっても僕は全然困らない。 そういう場所、です。 極めて自己称賛的に言えば、写真を撮ることと似ているかもしれない。 何か撮りたい対象物があるとき、あれもこれもと入れるのは、ただ、記念写真を作るばかり。 旅行先で建物の写真を撮るとき、人のバックに建物を置き、その全景を収めようとする、 必然、人は豆粒のようになり、分からなくなる。 『捨てる技術』なんて本が流行ったみたいですが(そして僕はモノを捨てられない人間ですが) 切ることで引き立たせることも、便利な世の中には必要な気がします。 千利休の朝顔のように。 最後に自省を込めて言えば、 このサイトよりわかりやすく、そしてこのサイトよりシンプルに出来ているサイトは 世の中にもっとずっとたくさんある。 blogを使ってもそうだし、そういうシステムにとらわれなくてもそう。 そんなサイトの哲学的な部分を学んでいければ、と思う。

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FireFox on NYT

寄付を募集していたFireFoxの広告が遂にニューヨークタイムズに載ったようだ。 画像ではわかりにくいが、左の広告は全て寄付をしてくれた人の名前で構成されており、 それに濃淡を付けることによってマスコットの狐を浮かび上がらせている。 (Spread Firefox上で公開されているPDFファイルを拡大していくと一人一人の名前が確かに確認できる) 手法もスマートだし、非常にシンプルかつ面白い広告だと思う。 FireFoxというブラウザは、設計も洗練されているし、デザインも綺麗だし、 (WEBデザイナーとして調整が面倒だという点を除けば)僕も好きなブラウザになりつつある。 起動までのスピードを考えると、IEエンジンを使用するタブブラウザの方が圧倒的に速いので まだメインで使う気にはならないが、何かあればわからない、そんな状態だ。 しかし、正直に言うと、この手の広告には僕自身は馴染めない。 アメリカのテクノロジー企業の性格なのか、国民性の違いなのか、 どうにも美辞麗句が添えられすぎていて、イメージも透明すぎて、 そう、ちょうど、Apple Computer の広告デザインと同じ匂いがする。 デザインされた広告の中で、多くのアーティストやエンジニアを登場させ、 洗練された人間は、Appleを選んでいる、と言う例の、アレだ。 Apple以外を選択する人間は時代遅れでダサイ、 そうした意思表示に敏感に反応する人々は、次第に信者になっていくのである。 まぁ…技術的に見ると、今さらAppleがそんなに革新的だとは思わないけどね… (かといってMicrosoftはMicrosoftで旧いままだけどさ) ようするに、綺麗すぎ、押しつけがましい。 あー…書いていて気付いてしまったけど、結局それは、アメリカ人の国民性だろうね。 大統領演説も、大概、綺麗で押しつけがましい。 我々は、こういう成果を上げた!そしてあなた方のために次はこれをしてあげよう! そして国民は大熱狂するのだ。 …余計なお世話である。 そう感じてしまうと、やはり、言っていることがたとえ事実だとしても、なーんか乗り切れない。 うさんくさくはないけど、うさんくさく思ってしまう。 ビジュアル的なデザインは確かにお洒落だけど、 広告のコンセプト的なデザインとしては、やっぱり、ダサイと思う。残念だけど。 僕は、多少皮肉が効きすぎていても、 ヨーロッパ的な広告の方が好きだ。 もちろん、アメリカの広告だって面白い物はたくさんあるけどね。 PGAのCMなんて、毎年楽しみにしてるくらい、お気に入りだ。

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脳疲労…

最近やたらよく眠るので、うーん、どうしたんでしょうね?と思ってたら、 『脳疲労…?』というコメントをもらったので、少し調べてみた。 ふむ。。。生活習慣病?ストレスや、食生活の影響によって脳が正常に動かなくなり、 五感異常を招き、行動に障害を与える…。 ほう。 なんだか、検索してみると、『流行り』にぶち当たったような感じで、 天の邪鬼な僕は気持ちが悪くなって一刻も早くブラウザを閉じたくなるが (はっきり言って何かが『流行って』いるとき、その内の95%は 役に立たない情報か、コピー&ペーストである) まぁ、チェックリストなんて物があったので、転載してみる。

夜中に目が覚めたり、用もないのに朝早く目が覚める 食事がおいしいとは思わない(習慣で食べてるか、無理して食べる) 便秘をする 体を使わないのにヘトヘト 気持ちが沈んで暗い 希望がもてない 考えがまとまらない イライラする 不安だ 自分は価値がない人間だと思う
『1つでも当てはまったら脳疲労が溜まっている状態です。』 そんな乱暴なチェックリストがあるか、と思うが、 (そんなこと言ったら世の中の便秘でお悩みの方はみんな脳疲労か?) まぁ、そういう症状を見せるらしい。 解消法としては…脳の血行をよくすること、リラックスすること、という感じ。 ふーん…単純に、『頭使いすぎ』ということをさすわけじゃないのね。 まぁこれを見る限り、自分は症状名としての『脳疲労』ではないな、 と思うのだけど、しかし、脳を中心に疲労物質が溜まっていることも事実だろうねぇ。 しかしまぁ、Joel on Software で語られているように、 誰にでも気ムラはあるものだし、重要なのはいかに動き出すか、という部分なわけで… それは僕には制御不可能。 とりあえず、動き出さざるを得ない状況までは、 しばらくはよく眠っておくさ。 動き出しちゃったら、本当にまた多くのエネルギーを必要とするからね。確実に。

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中途半端なんだよね…

そうなんだよ、俺ってさ。 どっちつかずで、中途半端で。 軽薄になるのか、重厚になるのか、それさえも曖昧。 『なりきれない』性分なんだろうねぇ。 中途半端に優しく、中途半端に冷たい。 気がなさそうで、ありそうで、その上、『どうでもいい』なんて言ってみたりする。 ん、ま、恋愛に関しては、正直当たらずとも遠からずというか… どっちつかずな感じだからね。はっきりしない。 『かっこいい』とかいう形容詞もやっぱりイマイチ曖昧。 自分の中には人を惹きつける要素は見あたらないし、 正直、今現在、それを切に願ってるということもない… そりゃね、そういうときもあっただろうけどね。 今の僕には、人気が上がる、とか、 特定の誰かに振り向いてもらう、とか、そういうことは必要ないんだよね。 なんかね、物理的な距離でも、それ以上に心情的な面でも、 側にそっといてくれる人がいれば、それだけで満足なんだよね… だからあんまり、異性に対して、要求しない、 きっとそういう態度は、『気がない』と処理されてるんだろうけど。 側にいてくれる…これは実際難しいこと。 側にいてあげたいと望まれても、側に感じられるかどうかは…。 ふとした言葉の端々に、感覚の違いを感じてしまうと、 そしてそれを許容できないと、ダメだよね。。。 昔は(と言ってもそんなに昔じゃないけど)それに対して、 『なぜこうじゃないんだ!?』 と抗議したものだけど、最近はあんまりね。 わからなければわからないことだから。やっぱり。 しょうがないよね。 自分で少し、まとまり掛けてる分、タチが悪そうだよな。 中途半端なんだよ、周りから見るといつもさ。 新しい恋愛が出来ないのもその辺りかなぁ… 面倒で…怖いんだろうね。 なんだか、恋愛のことを考えると、少しブルーになっちまうんだよね。 夏からこっち。ずっとね。

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