幼く鋭い刃。
今日の出勤時。 店の前を園児が大勢通っていて、若干急いでいた僕は歩みをゆるめつつビルに滑り込んだのだけど、そのとき背をむけた園児が1人、叫ぶ声が。 「おっさんや!あんたおっさんや!」 知るか!(泣) いやなんというか、負けた気がして振り返らなかったので僕に向かっていったのかどうなのかわかりませんが(ビルの前にはバス停があり、確かにおっさんはいっぱいいる)、お兄さん、痛く傷ついたよ!(泣) …子ども、恐るべし。
今日の出勤時。 店の前を園児が大勢通っていて、若干急いでいた僕は歩みをゆるめつつビルに滑り込んだのだけど、そのとき背をむけた園児が1人、叫ぶ声が。 「おっさんや!あんたおっさんや!」 知るか!(泣) いやなんというか、負けた気がして振り返らなかったので僕に向かっていったのかどうなのかわかりませんが(ビルの前にはバス停があり、確かにおっさんはいっぱいいる)、お兄さん、痛く傷ついたよ!(泣) …子ども、恐るべし。
昨日の夜、野村謙二郎の夢を見た。 野村謙二郎は元広島カープの選手で、攻走守に秀でた内野手として活躍した(2005年引退)のだけど、その野村謙二郎がシーズンが終わって何らかの賞を受賞(それはタイトルとかではなくMLBで言えばシルバースラッガー賞とかゴールデンクラブ賞みたいに実績を正しく反映するような賞)し、今年は実績を残せたし…みたいなことをインタビューで答えながら涙ぐんでいて、それを見て感動して自分も泣いてしまって、 起きた。泣いてた。なんでだw 選手として尊敬してはいたけれども自分は広島カープのファンでなければ野村謙二郎ファンでもないので(むしろ全盛期には巨人ファンだったので良い意味で嫌な存在だった)、ファンの方にはは何か申し訳ないのだけれども、ともかく、なんだか凄く良いシーンだった。良い夢だったなぁ。 2010年、野村謙二郎新監督率いる、広島東洋カープの健闘を祈ります。 野村謙二郎 – Wikipedia 生え抜きスターが監督に。野村謙二郎が見せた潔さ。~来季の広島は”脱ブラウン”~ [SCORE CARD] – プロ野球コラム – Number Web – ナンバー
今日はお休みで、今朝はいつも通りに起きてかつ2日酔いではないので今日はなにがしかやれるなっていう感じで、朝からなにがしか書いてたんだけど、3本連続でボツでちょっと残念な感じ。まぁ思いつきのフレーズを広げて書いた「生き方」「政治」「モテ」の話で、話がちょっとややこしくなってきて自分で面倒になって止めちゃったというのが正確なところで、論点もぶれまくって自分でも言いたいことが良くわかんなくなってきたからなんだけども。
まぁニュースソースとか前提無く書くときにはままあることなんですけど。
エントリ書く時ってのは大体、パッと思いついたワンセンテンスから書き始めることが多いです。それが正しいか正しくないかは特に考えず、書きながら考える感じで。当然打率は低くて、書いたものの質も適当なことが多いんですが、まぁ職業=物書きじゃないからまぁいいかなと。そういうワンセンテンスをメモして残しておくのは、大事だしね。
で、上手く文章化できなかったセンテンスは「下書き」という形で残されてて、「そのうちまたこのフレーズ見て何か思いついたら書こう」と思ってるんだけど、下書きをばーっと見返していって、そのフレーズだけしか書いて無くてその時自分が何か工としていたかまったく解らないフレーズとかあって何か笑える。「脱走劇。」とか「おくびょうもの。」とか何に対して何を書こうとしてたかまったくわからんのだよなぁ。なんだろう、脱走劇って。せめて軽い説明くらいは書こう…
まぁいいや、用事をこなそう。うん。
Tumblrの利用者にはいくつかタイプがあるのだけど、僕の場合はReblogよりも自分でPostした画像の方が圧倒的に多い。理由はいくつか考えられて、そもそも閲覧するユーザーを絞っているっていうのもその一つだろうし、基本的にテキストだけのPostはReblogしないことや、また好みも結構はっきりしている(日本人グラビアは避けるとか、Perfumeには心惹かれないとか)こともあると思う。自分では、ReblogよりPostにこだわるなんて言うつもりは別にないので、あくまで結果論的に「たまたまこうなってる」っていうだけなのだけど。
家でする会話の大体5割くらいは今日気がついたこととか、お互いの仕事の話とか。
2割くらいが友達の話とか家族の話とか。
で、残った3割は大体、今日Webで見かけたネタとか、可愛い犬とかそんな話。
僕らは家で1秒もテレビを見ないので(2009年に僕が見たテレビ番組は、WBCと録画済みの徹子の部屋と清志郎の特集くらいで全部で10時間もない)、多分普通の家で「テレビを見ながら」とか「今日見たテレビ番組」とか「芸能人の話」とか言うヤツが、Webの話になってたり、その他の会話になってたりするんだろうなぁと思う。「テレビ見なかったら話すことがない」って言う人がいたけど、そんなこと無いよ。全然無いよ。
ちなみに「テレビをなんで見ないのか?」の答えは「ただなんとなく」以上のものはなくて、一般的に言われてるような質の低下とか、実はあんまりよくわからなかったりする(*)。質の推移がわかるほどテレビ見てないんだもんなー。だから、「テレビがつまらなくなった」というのはどうやらそうらしいっていう知識としてはあるんだけども、「最近つまらない」とか「質が落ちてる」とか言える人は、きっとテレビが好きな人なんだろうなーと思うわけです。
いずれまた、テレビをよく見るようになるときが来るのかしら。
避けてるわけでは全然無いから、何かきっかけがあればそうなるのかも知れないけどね。
* ニュース報道はともかくとして
超選べないんですけどどうしたらいいですか。 一応、上半期もやってるので、まだ楽だろうとは思うんだけど… この動画がすごい!2009年上半期@1日1ニコ – 1日1ニコ@はてなニコ部 – ニコニコ部 動画もだいぶ入れ替わって流行もあったりしたからなぁ。 なかなかそのままの流れでは無理ぽ。 一応、細則他は去年と同じ方向で。 この動画がすごい!2008@1日1ニコ – 1日1ニコ@はてなニコ部 – ニコニコ部
調査要請が届いたので、今年の冬は寒くなりそうかどうか、近年の12月の記録を元に考察してみた。
あくまで占いであって希望的観測であり、暖冬を切に願っているわけですけれども。
まぁとりあえず資料をどうぞ。
「給与」とは言うまでもなく従業員にとっては利益だが経営者にとってはコスト。 仮に給料「A」をもらって「X」という実績を上げている従業員がいるとして、その社員が交渉の結果昇給して「A+」という給料になった場合、従業員的視点からすると、
これまでの「X」という実績が認められて「A+」という給料を得ただけど、経営者側からすれば、
給料「A+」を払う以上、実績も「X+」となってもらわないと困るということなのだよね。 経営者の言い分が正しいだろ、っていうのは簡単なのだけど、実際問題自分が従業員の立場に立ったらそういう捉え方をするのは難しいような。特に今までの「X」に対する給料「A」に納得していなかった場合、差額「A+」-「 A」は本来受け取るべき金額との差額であって、「X+」の実績を期待されるのであれば「A++」が妥当だと思っているから、いつまで立っても折り合わないのよね。経営者はいつまでも実績のアップを求め続けるし、従業員はいつまでも給与のアップを求め続けるわけで。 個人的には「実績に応じた給与」というやつを本当にやってたら、こういう議論は起きないと思うんだけど、実際にはあるよなぁ。プロ野球だって「今年成績を残したから来年の給料は上がる」みたいに言われてるけど、経営者からすれば来年も同様の成績ならば給料を上げる必要はないわけで(ルーキーなどで明らかに見合わない場合を除く)、長引く交渉なんかでもその辺の意識のズレってあるよねーとかなんとか思ったり。