自分だけなら別に良いんだけど
僕が1人暮らしで年末年始誰にも会わず、万が一感染したところで被害が少ない……というのならいいんだけど、年始には義両親に会うし、飲食店勤務で不特定多数の人に会うし、なかなか「自分だけ苦しめば良い」という状況にはなく、この状況で今忘年会に参加するのは難しいなあということで参加を断念しました。なんとか状況が改善すればと思って返事保留にしてたんだけどね。残念すぎるけど、これがウィズコロナってことかなあ。心の中では、感染したところで風邪様の症状が出るだけなんじゃないのと思ってもいるけれど、しかし義両親に感染させて万が一重症にでもなったら命に関わるし、職場でクラスターなんてことになったら閉店待ったなしだし、割とシャレにならない。まあ店の方は観光客減少でどうせ商売あがったりなので、閉店したところでさほど痛まないのかも知れないけれど、周囲への影響を考えるとなかなかね。京都市内ではいわゆる「会食」が理由で感染する人が増えていると言うし。
京都府は、11月以降の新型コロナウイルス感染者の4分の1が“飲食店での会食”で感染したとみられるとして、京都市内の酒類を提供する飲食店などに対して、12月21日から来年1月11日までの間、営業時間を午後9時までに短縮するように要請しました。
京都の感染者“4分の1が会食で”…時短営業要請に店は嘆き「正直ほんまに厳しい」 | MBS 関西のニュース
自分で書いてても思うけれど、新型コロナウイルスで活動が消極的になる人の思考は、自分が原因で誰かが死んだり、被害を受けたりするのが嫌だっていうことなんでしょうね。道義的には悪いのは新型コロナウイルスそのものであって、僕がクラスターに接触したからといって誰かの被害が僕の責任になるわけではないとは思うんだけど、社会的には僕の責任になることは避けられない状況であり、そういう保身的な思いは僕の中にもある。典型的な日本人ってことかなあ。
若者はその辺、割とカジュアル
別に批判とかそういうことではないのだけど、忘年会に参加する若者たちは「こんな時だからかつてお世話になったお店にお金を落とさなきゃ」ということを言っていて、会食やクラスターといったリスクよりも経済的な支援を重要視していて、感染防止に対しては割とカジュアル。僕なんかは、そこでクラスターでも発生してしまったら逆に店に迷惑掛けるんじゃねと思ってしまうんだけど、そういう考え方にはならないみたい。彼らにとっては両親だって40代50代だし、リスクはあまり身近なものではないんだろうな。僕だって高齢者や基礎疾患のある人たちと接点がなければ、そう考えていただろうし。重症リスクの低い若者が感染し合うのは許容しながら、重症リスクの高い層との接触を制限していくことは、ある意味で、感染対策と経済対策の両立にもなりうるし、それが完璧に出来ればロックダウンなんかしなくても十分なんじゃないかと思うんだけど、ただねえ、街を歩いててまたは仕事をしていて思うのは、高齢者は高齢者で積極的に動き回ってるんだよね。まだ歳を取ったという気持ちが少なく体力もある60代なんかはすごく動き回ってる印象。そりゃあ感染減らないよなあ。
僕は参加しないけれど、僕の欠席が杞憂に終わって楽しい会食になることを祈ってます。行きたかったなあ。
みんな、良いお年を。