こちらのエントリを読んで感じたことがあったので少し。

最高裁は、ライブドアの粉飾決算事件で、ホリエモンの2年6ヶ月の懲役実刑判決を確定したらしい。ツイッターの約60万人のホリエモンのフォロワーは目が点になったのではないだろうか?

先日の東京都知事選挙の結果もそうだし、野村総研などが出す消費者1万人アンケートの結果などもそうなのだけど、ことごとく、わたしや友人の実態とはかけ離れていて、日本人という総体に対してもはや、共感できない自分がいる。

若者の大手志向、内向き志向、雑誌やTVで叫ばれ、またアンケート結果にも数値としてあらわれてくる、それらの傾向に、ぜんぜん共感できない自分がいる。「わたしの周りにいる人はぜんぜんそうじゃないのだけれど?」
 


エントリの内容は次の3本立て。

  1. 消費者アンケートなどに反映される意見と、都市部若者の意見とは大きくかけ離れている
  2. TVや新聞から受け身で情報を受け取っているだけでは、正しい情報は得られない
  3. ブログやTwitterを通して個人の意見をやり取りすることで、自ら動き正しい情報を得ることが出来るようになる

まぁ大体共感/同意できます。

個別の論点には大体同意できるけれど

1については高齢化・少子化ということもあるんでしょう。
今の日本の人口比率は60-63歳を筆頭に60歳以上が29%を占めていますし、

高齢者・60歳以上の人口の割合・国別順位 - 世界保健機関(WHO)世界保健統計(2010年)
統計局ホームページ/人口ピラミッド 平成22年(2010年)

加えて都市部と地方の違いもある。
どちらがよいとか悪いとかではなく、抱えている問題が違うのだから考え方も違って当然。


2,3についてもおおかた同意できるのですけど、
でもそれぞれを連結してひとつの結論に誘導するのはちょっと雑だと感じています。



テレビや新聞から情報を得ている人は間違っているか

例えば年寄りがTwitterを使えないから情報弱者になっている、
というわけではないんじゃないかな。

テレビや新聞をよく見ている人がその情報に流されやすいのは事実だけど、
実際に年配の人と話したりすると意外に冷静に報道を見てたりします。
テレビの報道していることが本当に正しいかどうかは解らないけれども、少なくとも、
「何を報道して何を報道していないか」は知ってる。
鵜呑みにして害のないことと、鵜呑みに出来ないことをぼんやり分けてたりします。

まぁ、人に依るけど。
スーパーで買い占めしてるおばさんとかもいるわけだし。
そのおばさんがテレビだけを見ていたのか、Twitterユーザーでないかどうかは知りませんが。



Twitterを利用している若者は正しいか

同じく、Twitterを使える若者がみんな情報リテラシが高いかって言うと全然違う。
Twitterで流れてる情報も結局もとをただせば、新聞やテレビの報道であることがほとんどだし、
そういう情報に踊らされまくってる人は、もう本当にたくさんいる。

例えばこんなマーケティングだって成り立つよね。
  1. 大きなインパクトを持たせたい発表がある(例「iPhone5の発売は7月」)
  2. その発表を否定するような曖昧な情報を一定期間流す(「部品の調達が困難」「来春以降の可能性」)
  3. 否定的な情報が十分に行き渡ったところで影響力がある人間に真実をリーク→「それは間違いで真実はこれだったんだよ!」(または「One more thing」)
  4. TLの流れは「明かされた真実」で一色に染まる。
要はカタルシスの問題であって、合理性の問題じゃない。
誰しも腑に落ちたいからね。
曖昧なまま抱えておくのはストレスだし、早くなにか解りやすい結論に落ち着きたい。
だから、すっと出された解りやすい結論(陰謀論とか)にすぐに乗ってしまう。



この構造は結局、テレビや新聞が長年にわたってやってきたことの相似形

うん、結局、情報がやり取りされる構図ってのは大して変わってないんだよ。
情報を供給するヤツと受け取るヤツのバランスの話。
一番バカなのは、Twitterやブログで情報を得てそれを「自分が能動的に取得した」と勘違いしている人。

いや違うでしょ、水槽と生け簀くらいの違いしかないでしょ。

正直に言うと世の中の情報ってのは全部正しいことが確認できるなんてことはそうそう無くて、
大体は曖昧な情報を「そうだろう」と信じることで成り立ってるだけなんだよね。
疑おうと思えばいくらでも疑える。
オサマ・ビン・ラディンが死んだことと「プレスリーは今でも生きてる」説とはさほど距離が遠くない。
信じようと思えばいくらでも信じられる。

情報リテラシというのは、情報の取得の仕方だけではなくて、
取得した情報の扱い方まで含めた概念だよね。どう取得したかだけが問題ではない。
今のところ、テレビだろうが新聞だろうがTwitterだろうが、騙されるヤツは騙されるし、
大差ないよねと言うのが僕の実感。
Twitterで情報をぐるぐる回して喜んでる若者は、
図書館に行って新聞を読んで関連図書を借りて帰ってくる定年後のお父さんの足元にも及んでない。



Twitterは情報リテラシの教育ツールとして、優秀だと思う。

けどね、まだね、僕らはTwitterをきちんと扱えていないと思うよ。
リテラシが高いというのはどういう状態なのか?を知り始めた、くらいの段階じゃないか。
Twitterが情報リテラシ高い人の集まる場所だったのなんて、2年くらい前の話だよ。今は違う。
今は、普通の人が普通に使うツールなんだこれ。

だからTwitterのことをあんまり過信しちゃいけないと思う。
また、高齢者や既存メディアを過小評価しすぎるべきではないと思う。
単に僕らと情報の扱い方が違うと言うだけで、正しいかどうかは個人によるよ。



蛇足:Twitterを使わずに情報を届ける手段も必要

社会をよりよい方向へ変えていきたい、と言う思いがあったとして、
それをTwitterだけでやろうというならそれは間違い。
3割近くを占める60歳以上の人たちにどうやって主張を届けるの?

民主主義やる以上どのみちそういう人たちにも自分たちの主張を届けて行かなくてはいけない。
「届かない」で終わるんだったらそこで終わり。
テレビや新聞はまだまだ使えるし、それを利用しない手はないんじゃないの。

WebやTwitterと世論が直結するのを待ってたら、今の40代が実権を掌握するまで、
あと20年くらい掛かるよ。そんなに待ってられないでしょう。正直。