ある日の会話にて。


秋葉原の休日の風景を撮影した写真を見て友人が「気持ち悪い」と言ったので、オタクだからって言うんで差別をするのは良くない、と僕は言ったのだけど、言ってすぐに僕の発言は極めて見当違いだと気づいた。

友人は見た目が気持ち悪いから「気持ち悪い」と言っただけのことで、それ以上でもそれ以下でもない。そして確かにその写真に写っていた彼らは、まぁなんというか、お世辞にもオシャレではなかった。僕はそれをそれで良しとする人間だけども、それは人によって違うだろうし、一般的な感覚からしたら多分、そうなるんだろうな。

それに対して僕は「オタクだからって」と言ったのだけど、じゃあオタクだから見た目がオシャレでなくても気持ち悪いわけじゃないのかというと別にそうじゃない。オタクだろうがオタクで無かろうが、気持ち悪い人は気持ち悪い。それを口に出して言うかどうかと言う点においては議論の余地があるにしても、オタクであることを理由に「気持ち悪い」と言うことを許さないのは、それは、差別だ。間違えやすいけど。差別していたのはその友人じゃなくて、僕の方だ。

そのことに気づいて、愕然とした。


似たようなことが色んな差別の構造の中であって、そういうことに違和感を感じているのにもかかわらず、対象が少し違ったらこの有様だ。僕なんか、全然、大したこと無いなぁ。

ちょっとショックだった。