人が人から感じる印象は、
その相手の印象全てではないことを、改めて感じた。

相手から感じる印象の一部には、
自分自身もいくらか投影されているのだと。

昔付き合っていた彼女による、
僕の結婚観についての言葉の一部を耳にする機会があった。


彼女の言っていることは、彼女の考え方や感じ方を考慮すれば、
そう感じていても当然だな、と言う内容だったけれども、
僕からすると、
『大事な前提』が抜けていて、それは誤解…というより、
当時の2人の間でしか成立し得ない感覚だった。

--


付き合っていた当時、
彼女は、結婚を強く希望していたのだけど、
それは僕とは違っていた。

僕は彼女のことが好きだったし、
一緒にいたいと思っていたけど、
(社会的な意味ではなくて、あくまで2人の関係の話として)
まだ一緒に住みたいとは思えない、と感じていたし、
実際にそう伝えていた。

あなたは家庭的でない、幸せな家庭なんて要らないのだ、と、
非難されたこともあったけれども、
それもまた結婚を望まない理由とは関係ない。

僕は自分が育った家庭を最高だと思っているし、
僕自身もそういう家庭を持ちたいと思っている。

ただ、君とそうなりたいかと言われるとよく分からない。

そういうことだ。

この感覚は、2人の間で激しくズレ過ぎていて、
何らかの感覚を共有するためには、言葉での説明しかなかったけど、
なぜ、私と結婚したくないのか、という点について、
僕は言葉で明確に説明できなかった。

自分でもよく分からないけど、そうだから仕方なかったのだ。

--


色んな意見があるだろう。
一般的には、僕の方が自分勝手で、
待たされた彼女が可哀想、という評価なのかもしれない。

分からなくはない。

けれども、僕は結婚するために人を好きになるわけではないし、
何年以上付き合っていたら結婚しなくてはいけない、
という考えにも賛同できない。


僕には、結婚することで全てが幸せになると言う無邪気な考えはないし、
毎日が幸せであることの延長にそう言う形があると思っている。

色んなことが複合的に絡み合って、
僕の中では、そう言う感覚には至らなかった。

だから、僕にとって、この感覚の結論は、
僕らの毎日の先にはそれがなかった、というだけのことだ。

--


彼女は恐らくこのことを経験として、
『僕の結婚観』『結婚へ踏み切れなさ』という話をしていたと思う。

それは、僕としては著しい誤解だけれども、
彼女から見れば、真実なんだろうな、

でもそれは結局、僕と君の間の印象でしかないんだよ、と。


普遍的な意味での結婚観ではなく、あくまで、
彼女と僕の関係における僕の態度からの、主観的な推論でしかない。


仮に僕が、“あの子は結婚に必死になっている”と語ったとしても、
それもまた、彼女と僕との間の印象でしか無くて、
彼氏が変われば、また別の話になるんだよね。

彼女から見た僕は、ある意味で、
彼女自身の言動に対する僕のリアクションでしかない。
逆も然り。


相手のことを話しているようで、
実はそこには、自分自身の姿や印象が投影されている。
2人がお互いに影響し合って生まれた感覚なのだから。

--


その影響し合って生まれた感覚を確認することが、
相手を見てコミュニケートするということであり、
そのことを大事に出来ない人とは、
僕は、大事なことを共有することは出来ない、と感じている。


それは、どんなマニュアルにも、
どんな偉い先生の講義にも載っていない感覚で、
人に伝えることも出来ない。
自分でそれを感じて判断するしかない。

ここ1年半あまりの自分の言動を振り返ってみて。

少なくとも、結婚観について、
当時と同じベクトルにあると感じる要素は、
うん、1つもない。


それが、今の感覚だから。