ということをなんとなく思ったわけですよ。
別に他の人、特に論争好きな人をちゃかそうってんじゃありませんが、
基本的に、耐久力がない。
攻めようが、攻められようが、特にネットを介しての話になると、
最終的には落ち込むことになるわけで。それが嫌で逃げてみたり。
上塗りに謝ってみたり。
その辺は、人間性なんでどうしようもないし、
そういう覚悟がないんだったら止めとけよ、と自分でもよく思う。


今までも、自分から喧嘩売ったり、相手に売られたりして、
よくわからないまま論争に巻き込まれたことが何度かありますが、
まぁなんだろうね、基本的に結論なんか無いんです。
単純な正誤の問題のときも、それはあるけれども、
大体は、価値観の差で片づけられてしまうことであったり、
内容よりもむしろ態度にむかついてるんであったり、
あんまり大差ない。

で、もちろん、そういうやりとりをしたような人とは、
二度とやりとりをしようとは思わないし、
まぁ、二度とサイトを見に行きたいとも思わないわけです。
腹立つし。


でも、最近、ちょっと思い直して、問題のエントリや、相手のサイトを眺めてみた。
まぁ…自分の書いたエントリはそれは酷いものだったし、
久々に行った相手のサイトは、相変わらずイタイ話題も多かったし、
(もちろん、それだけではない)
結局のところ、目くそ鼻くそだったな、と。
自分だけが正しいってことはありえねぇけど、
かといって気分が落ち込む必要もなかったなぁなんて。


そういうわけなんで、自分はそう言う論争好き、には向いてないんだなとわかった次第。
善し悪しは別にして、僕が絡まれた相手の人々は、
相変わらず、精力的な活動を続けていることを考えると、
あーはなれん、と思うわけですよ。
精神的にも、もちろん実際の知識としても。

彼らが指摘しているような矛盾点や、醜さは、
彼ら自身にも数多くあって、独りよがりへの批判を独りよがり(または賛同者の馴れ合い)で
繰り返しているのだけれども、
まぁ、要は、そういうことが好き、という一面もあるのだろうなぁ、と。
僕は好きではないし、そこまでして戦いたくもない。


いしいひさいちの…『地底人vs最低人』というマンガがあるんだが(マニアックだ)
そこで、最低人は地底人に勝利する。
しかし、その勝利はあくまでも最低人の基準に基づく勝利であって、
地底人は敗北を知りもしない。

結局、価値観の異なる論争、
その結論は、そういうことなのかな、と思う。


彼らの言うこと、そこにきちんとした論理があることもある。
目から鱗が落ちるような、鋭い指摘があることも。
久々に読んでみて、そう思う部分が多かったので、
感慨を受けてコレを書くことになったわけだけれども、
それと同時に、逆上体質や、完膚無きまで叩きのめす暴力性や、
暴論も書いたヤツの勝ち、という部分もあるのは事実。
あのときは、そういう部分が強く出たんだなぁ、とある意味納得した。

まぁ彼らのことは、これからも生暖かく見守っていこうと。
いいこと言うこともあるから。
同時に、自分の言動に関しては、消極的にならないように気を付けつつ、
気を付けていこう、と。
思っております。はい。