自分ではちっともデザイナーだとは思わない。(*1)
その思いはどの辺から来るのだろうか、と考えると、
結局、僕のデザインというのは、WEB的制約から脱出できていない、
そう思う場面が、特に他人のデザインを見ると、多々あるからだ。

その一例として、今日、パラパラと専門雑誌を眺めていて感じたのは、
僕のデザインは、リアル素材との関係性が希薄なんだ、ということ。
画像にせよ、線引きにせよ、これはこれ、あれはあれ、みたいな、
『わかりやすさ』が先行しすぎているような。

実際のデザインってヤツは、テキストもデザインの一部なわけだ。
でも、WEBってのはそうではなく、それも特に更新頻度が高いコラム系のページでは、
テキストに対するデザインの希薄化が顕著だ。
画像と枠で作ったテンプレートの中にテキストを“流し込む”、
(僕はこの単語があんまり好きではない、愛情を全く感じない単語だからだ)
テキストを置いて、画像を挿入する、
WEBデザインてのは基本的にはそういう特徴を持っている。

だからといって、多くのデザイナーの仕事がそうかというと、
そうではない、そういう凝り固まった常識に対して、
如何に上手く常識を残しつつ(常識をすべて覆すのはプロの仕事ではない*2)
その常識の無い価値観を作り出すか、というところが大事なんだが、
どうもあんまり最近そういう大胆なことをやっていない。


画像からの視点で言えば、どうも素材を、挿絵程度にしか扱えていない。
たぶん、ブログの影響だと思う。
ブログにおいて画像ってのは、まさしく挿絵でしかない。
そこにおける造形がデザインを形作ることはないし、
もし形作ったとしても、そのエントリ限りのことだ。
そうした作業を毎日繰り返していれば、
画像が、枠に収まった挿絵だとしか思えなくなっても不思議ではない。

また、画像を、四角いモノ、と考えることもやはり同じくWEB病だろう。
確かに、プログラム的なルールで言えば、画像は四角いものだし、
領域はすべて、縦線または横線で区切られる。
でも、それに忠実に従っていくと、意図しない空白を多く生み出してしまうことになる。
デザインなんてあったもんじゃない。


まぁそんなわけで、(今の)自分には出来ないなぁ、と思うデザインに、
最近よく出くわすわけですよ。
どうしても、自由に線を引っ張るようなデザインが出来ない。
どっちかって言うと、ありがちなテンプレートっぽいデザインばかりで…
正確に言えば、多分、『不得手』ではないんだろうけれども、
なかなか、チャレンジしてみる機会もなくて。うーむ。

既にblogと化したNOBODY:PLACEをリニューアルするのは骨が折れるけど、
何か、デザインすることを目的としたサイトでも作ってみようかな。

ああ、よくよく考えれば、SWITCH-OVER.INFOなんて、
そういう意図で作ったようなものか。
少し作ってみようかな。

注釈
*1 『自分ではちっともデザイナーだとは思わない』
確かに職業はWEBデザイナーだけれどもね。 一般イメージ的にも、考え方や手法の稚拙さからも、 まだとても、何かをデザインしているとは言えない。

*2 『常識をすべて覆すのはプロの仕事ではない』

常識というのは、その多くは今になっては、正しいかどうかはよく分からないものなのだけど、ただ、多くの人間の共通認識、という側面も持っている。鑑賞用のデザインであるならともかく、実際に使用する前提で描かれるデザインは、そこに使う人間に対するイメージがなければいけない。そう言う意味で、すべての常識を否定することは、すべての常識を受け入れることと、考えのない行動という点で大差ないし、そうしたスタンスは、『誰のための仕事なのか?』という命題に立っていない点でプロの仕事とは言えないと思う。