Zippoあれこれ
『Zippoははまるよ』 と人に言われ、自分でも自分の性格は把握してるので、 まぁそういうことはあるかもなぁ、と思ってたのだけど、 結局、あんまり、Zippo全般に対して、 はまる、と言うことはなさそうだ。 コレクションしたいとも思わないし、 人が注目するような火の付け方をしたいとも思わない。 (多少かっこつけば良し)
『Zippoははまるよ』 と人に言われ、自分でも自分の性格は把握してるので、 まぁそういうことはあるかもなぁ、と思ってたのだけど、 結局、あんまり、Zippo全般に対して、 はまる、と言うことはなさそうだ。 コレクションしたいとも思わないし、 人が注目するような火の付け方をしたいとも思わない。 (多少かっこつけば良し)
今日、朝出勤するときに、 会社の近所のVodafoneショップの前を通ったら、 看板が新しく付け替えられていた。 そう、10/1からブランドが変更になるのに備えて、 各地で、順次看板の掛け替えや店舗の改装などが行われているそうなのだ。 (ITmedia +D モバイル:赤から白へ──「ソフトバンク六本木」がオープン) …Vodafone(そして、ソフトバンクmobile)利用者ではあるけれども、 申し訳ないが、 一目見て、『ダサッ!』と言ってしまった。 だって、葬式みたいじゃんねぇ? 海援隊起源だかなんだか知らんけども。
先日のブラウザが落ちまくる件が、Sleipnirのせいではないとわかったので、 NOBODY:PLACE – MUTTER: やっぱり、WindowsUpdateの問題だった件。 タブブラウザ Sleipnir よくある質問 – Fenrir User Community: Sleipnir が頻繁に不正終了する 8/24にリリースされた最新版、 Sleipnir ver.2.46をインストールしてみた。 2.46の主な新機能は以下の通り。
[2.45 から追加された主な新機能] - 制限ユーザーが書き込み権限が無いフォルダにインストールされた場合にも、正しく動 作するようにした。初回起動を管理者権限で行ない、データの保存先を ApplicationDa ta に設定してください。(修正を入れる前の Sleipnir で、管理者権限のユーザーが SmartInstaller でプラグインをインストールした場合、制限ユーザーで Sleipnir が 起動しなくなります。 制限ユーザーからそれらのファイルの権限を変更することが不 可能な為、仕様とさせていただきます。 上書きインストールで、制限ユーザーで利用 する場合、 一旦、インストールしたプラグインを削除する必要があります。修正後の Sleipnir で インストールした場合は、問題は発生しません。) - 標準ツールバーのツールチップで、日本語、英語が混在していたものを、全て日本語で 表示できるようにした。(resources\languages\default\japanese\actions.ini に記 載しているテキストを元に表示します。) - 検索バーのカスタム検索ボタンでツールチップを実装した。 - ページ検索バーでツールチップを実装した。 - エクスプローラバータブでツールチップを実装した。 - アドレスバーの移動ボタンでツールチップを実装した。 リリースノート (Sleipnir 2.45 正式版 → Sleipnir 2.46 正式版)
世の中には様々なデザインがある。 全てのものがデザインされていると言っても良い。 デザインという要素が存在しない人工物はほとんどあり得ない。 ── 僕は、芸大出身でもないし、 デザインを、理論的にも実践的にも学んだことがないので、 見当はずれのことを書いていたら申し訳ないのだけど、 ひとつのインスピレーションと解釈していただきたい ── そんな中で、『残っているデザイン』は、 その他のデザインと何が違うんだろう?ということが、 もの凄く気になった。
このクソ忙しく、 クソ体調悪く、 クソビール飲みたいこんな時期に何なんですが、 デザインの変更を思い立ちました。 まぁ、そういう思いはあったんですけど、 blogのテンプレを一から書き直すのもだるいていうかやってらんねー ということもあって、投げてたんですね。 んがしかしまぁ、きっかけとしては、 こんな感じのエントリを読みましてね。
で、まぁ僕は他のWEBデザイナーと付き合ったことはあんまり無いし、 (あるっちゃあるけど) そもそも僕自身、純粋培養的WEBデザイナーじゃないので、 (つうか、実質的にSEとプログラマーも兼ねてる、PHPとPerlだけどな) あんまり実感は沸かないけど、でも言いたいことは掴んだ。 それどころか、誤字脱字などの校正…というか、 サイト構成そのものにも無関心な人が多いのは事実。 見た目作るだけのショーバイと勘違いしてる人が多いよね。 デザイナーって一般的にもう少し中身に踏み込むよね。 最近流行りの感じとしては。 仕事によるだろうけどさ。 まぁ、それはそれとして、僕はこのエントリから、全く真逆の印象を受けたんですね。 『少なくともWEBデザイナーという肩書きなんだから、 もう少しデザインを練らなければダメだ!』 いや、今のデザインは、過去の色々な自分的流行から、 余分なモノを切り落とし、ひたすらシンプルを追求した末にできあがったものなので、 これはこれで気に入ってるんだけど、 CSSとか、その他様々な部分で、『練り不足』なのは否定できない。 そこんとこ、公私混同するくらい考え抜いたら、そういう感じになるんだろうか、 もしかして考え抜いたところで大して変わんなかったりして(苦笑) なんて思ってさ。 つうわけで、夏までには、なにがしかの形で出したいと思います。 一旦忘れる方向でこうご期待。結局WEBデザイナーって、サイトのデザイン済ませたあたりで仕事の大半がフィニッシュなので、ブログに対してもそういう向き合い方になってしまうのかもしれないですね。見た目だけ飾っておくことよりも、コンテンツの制作能力のほうが重要になってきてるというのに。 で、Web 2.0の話題とかに無関心でいられる人が多いというのもWEBデザイナーならではというか。半ば芸術家に片足突っ込んでるようなものだから惚けていても仕方ないんですが、職業意識としてそういうのはどうなのかと。 自分がWEBで発信している事が、世の中とまでは言わないにしろ、他者とどう絡んでいくのか、誰の心に何を残すのか、自分に何が返ってくるのか、そういう諸々を体感レベルで感じとってる人じゃないと、話すのはかなりしんどくなってきてますね。
本来評価されるべきこととは全く違う視点で、 ものごとが見えてしまうときがある。 誰でもそうだと思うけれど。 そんなとき、その取り合わせの見事さや意外性に、 少し感心する。 centricle : css filters (css hacks) 本来の有用さを高く評価した上で、 これらを表にマッピングしていった結果の、色彩、構造、全体の雰囲気が、 僕の好みにマッチしているような気がして、 少し感動した。 良いデザインとは、一通りではない、 見た者、触れた者に伝わるデザインこそが、良いデザインである。 もちろん、本来の用途、 様々な仕様を見比べるという点においても、有用です。
ゲッベルス宣伝に対する考え方、そのミスバージョンだね。
なんだろうね、デザインの、飽きはともかくとして、 サイト構成自体はもう既にいじるところはあんまりない… (敢えて言うと、カテゴリーの整理が必要だが) と思ってたけど、ああ、 もうちょっとコメント欄を見やすくしなさいよ、あんた、 と、ちょっと思った。 どう見たって、 『コメントなんか書き込むんじゃねーぞ』的、 雰囲気が醸し出されてるよねぇ(笑) 全くそんなことは考えちゃいないわけなんですけれどもね。 お気軽に書き込んでくださいまし、とは思ってるんですけどもね、 キッチンデザインで言うところの動線、 まぁ早い話が、ユーザビリティ、 ごちゃごちゃ言わずにその辺で、自然に導きなさいよ、アナタ、 ごちゃごちゃ浮いたセリフ並べ立てないで、 目で口説いて、さらっちゃいなさいよ、 …みたいなことを思ったわけですよ。 自分で気付かないまま、 なんでだろう、って思うこと、世の中にはたくさんあるよね。 特に最近、いろんなことについて、思う。 でも、コメント書き込むときのパフォーマンスの遅さだけは何とかならないだろうか。 DBが膨大だから、共用DBサーバではもう無理があるのかもしれんなぁ。
つい最近発見して、それ以来気になってるロゴがある。 決して新しくはないけど、遊び心に飛んだ感じで、オシャレだと思うし、 本来の意味とのギャップも面白い。 そのロゴというのは、これ。
自分ではちっともデザイナーだとは思わない。(*1) その思いはどの辺から来るのだろうか、と考えると、 結局、僕のデザインというのは、WEB的制約から脱出できていない、 そう思う場面が、特に他人のデザインを見ると、多々あるからだ。 その一例として、今日、パラパラと専門雑誌を眺めていて感じたのは、 僕のデザインは、リアル素材との関係性が希薄なんだ、ということ。 画像にせよ、線引きにせよ、これはこれ、あれはあれ、みたいな、 『わかりやすさ』が先行しすぎているような。 実際のデザインってヤツは、テキストもデザインの一部なわけだ。 でも、WEBってのはそうではなく、それも特に更新頻度が高いコラム系のページでは、 テキストに対するデザインの希薄化が顕著だ。 画像と枠で作ったテンプレートの中にテキストを“流し込む”、 (僕はこの単語があんまり好きではない、愛情を全く感じない単語だからだ) テキストを置いて、画像を挿入する、 WEBデザインてのは基本的にはそういう特徴を持っている。 だからといって、多くのデザイナーの仕事がそうかというと、 そうではない、そういう凝り固まった常識に対して、 如何に上手く常識を残しつつ(常識をすべて覆すのはプロの仕事ではない*2) その常識の無い価値観を作り出すか、というところが大事なんだが、 どうもあんまり最近そういう大胆なことをやっていない。 画像からの視点で言えば、どうも素材を、挿絵程度にしか扱えていない。 たぶん、ブログの影響だと思う。 ブログにおいて画像ってのは、まさしく挿絵でしかない。 そこにおける造形がデザインを形作ることはないし、 もし形作ったとしても、そのエントリ限りのことだ。 そうした作業を毎日繰り返していれば、 画像が、枠に収まった挿絵だとしか思えなくなっても不思議ではない。 また、画像を、四角いモノ、と考えることもやはり同じくWEB病だろう。 確かに、プログラム的なルールで言えば、画像は四角いものだし、 領域はすべて、縦線または横線で区切られる。 でも、それに忠実に従っていくと、意図しない空白を多く生み出してしまうことになる。 デザインなんてあったもんじゃない。 まぁそんなわけで、(今の)自分には出来ないなぁ、と思うデザインに、 最近よく出くわすわけですよ。 どうしても、自由に線を引っ張るようなデザインが出来ない。 どっちかって言うと、ありがちなテンプレートっぽいデザインばかりで… 正確に言えば、多分、『不得手』ではないんだろうけれども、 なかなか、チャレンジしてみる機会もなくて。うーむ。 既にblogと化したNOBODY:PLACEをリニューアルするのは骨が折れるけど、 何か、デザインすることを目的としたサイトでも作ってみようかな。 ああ、よくよく考えれば、SWITCH-OVER.INFOなんて、 そういう意図で作ったようなものか。 少し作ってみようかな。
明日は土用丑、ですな。 休みであれば、どこか鰻屋でも予約して行きたいところなんですが、 あいにくと仕事なので、多分、めしや丼辺りで食うことになろうかと…。