【メモ】 Windowsネットワークが不安定なので調べたことなど
社内2フロアにあるWindows機24台がネットワークを形成しているのだけど、 どうも最近不安定でおかしいなぁ…と思って調べたことなど。 現在の基本的な症状はこんな感じ。
- 時々アクセスが遅くなる
- 見えないコンピュータがある
- ワークグループのコンピュータ一覧が見られなくなってしまった
社内2フロアにあるWindows機24台がネットワークを形成しているのだけど、 どうも最近不安定でおかしいなぁ…と思って調べたことなど。 現在の基本的な症状はこんな感じ。
鰻が大好物です。
ですが、土用丑の日当日にはあんまり鰻を食べません。
なぜかと言えば、当日はどの鰻屋も混んでるから!
もちろんスーパーなんかで買って家で食べるという選択肢もありますけど、
鰻ってスーパーで買っても高いじゃないですか。
どうせいつもの夕食以上の額を出すんだったら、スーパーで素人が焼いた鰻ではなくて、
きちんとした店で職人さんが焼いた鰻を食べたい。
そもそもなぜ土用の丑の日に鰻を食べるのか?といえば、
その辺で暑さがピークでへばるからということですよね?
もちろん「土用丑は鰻の日」は古くからある販促用キャッチコピーなわけですけど、ある程度理もあります。
んで、もし滋養を目的にするんだったらピンポイントで土用丑に鰻食べなくても、
その周辺だったらいいんじゃない?と言うのが僕の考え。
まぁその分、「粋」は目減りしますけどね。それは妥協。
幸いにして今年も、来週半ば頃に鰻を食べに行く予定があるし、
仲良くして貰ってる友人から浜松産鰻を貰える算段も付いてるし、
心ゆくまで鰻充出来そう。
そういえば、また、和歌山の古座に鰻を食べに行きたいなぁ。
『古座川』の鰻はホントに絶品だったよ…
なんだろうなぁ、確かに昔ほどのキレはなかったかもしれんさ、でもね、個人的にすごく楽しかったのよね。 そう、感想は「面白かった」よりむしろ「楽しかった」。 別に面白くなかったわけでは全然無いんだけどさ、やっぱり4年ぶりだしリハビリもあるし、 でも全体になんかもうね、楽しいんだよ。ホントに。 これDVD化されるのいつか解らんし、正直別に楽しみでもないけど、 でもこの最新作はなんだろう、すごい大事な作品だったような気がしてるなー 2002年に番組終了以降、ここまでの「新作」は全部、番組終了後のアンコール公演だった気がするけど、 この作品は完全に新作、という印象。 あ、いや、企画自体は焼き直しというかこじつけなんだけどねwww でもそういうことではなくて、昔の俺らだったらこうだったとか、 こういう風に盛り上がってたよな、水曜どうでしょうっていったらこうだろう、 みたいなそういう気負いが全くなくて(今思えばヨーロッパはその限界だったのかも)、 「これからの水曜どうでしょうはこうだぜ」というのをようやく見れた気がする。 楽しかったです。水曜どうでしょう、やっぱり最高。 そうだな、欲を言えばなる早で次を見たいかな。小品でいいんで。ホントに。 ってもう収録から1年経ってるけど。 とりあえずは10/5発売のDVD16弾を楽しみにするか… なんせ次回は、原付東日本と夏野菜だからな!!
前回、最近のNumberが自己啓発本くさくてやってられんという話を書いたのですけれども、 今日届いた明日発売の最新号でも同じ流れを引き継いでいますので誰得ですけど引き続きご紹介。 こちら。 題して、「非エリートの思考法。 乱世を生き抜く力をつけろ!」です。 いや正直に言うとね、これ単体では面白そうな企画なんですよ。人選も渋い。 日ハムの武田勝が何を語るのかとかもうワクワクしてしまいます。 でもねー僕が買うはずだった雑誌とは違う雑誌なのです、これ。 前回も列記した、ここ何ヶ月かの特集ラインナップをもう一回書きますね。
7/16から出勤時間を1時間半早くして出勤しています。
タイトルにはそう書いたけど別にサマータイムだとかいうつもりではなくて単純に、
自戒も含めて書くので「お前が言うな」はご容赦いただきたいのだけど。 世の中、命令が多すぎる。 これから書く文章も命令であるという矛盾ではあるのだけど。 自分が気にくわない事象があったとして、それに対して「止めろ!」と言う。 特に最近では、大挙して「止めろ!」を浴びせかけるのがトレンドだ。 誰かに対して文句を言いたい人が世の中にたくさん、たくさんいるんだと思う。 だけど自分でもそういう憤りを感じながらふと考える、 自分に無関係ならどうでもいいんじゃないか。 誰かのスポーツ観戦の仕方が気にくわない、それは解る、でも君には関係がない。 赤信号を無視して横断歩道を渡るヤツが許せない、まぁ違法だよね、でも君には関係がない。 最近のトレンドは、誰かの悪行・愚行に対して自ら裁きを与えることなのか。 そうすることで何かと関係性を持ちたいのだろうか。自分を立脚するために? 君とは関係のない話に首を突っ込んで憤りを公共の場で晒すのは止めたらどうだろう。 そう、これも命令。 でも5秒くらいで良いから考えてみて欲しい、世の中の大半のことは、 気にしなかったら気にならないまま済んでしまうような事じゃないだろうか。 欠点を列挙して罵詈雑言を浴びせるのが趣味だというならそれは仕方がないが、 良識ある人間がそれを行う必要ってあるんだろうか。 誰も別に君のアドバイスなんか求めてないし、 君が実害を受けているのでなければ君の言葉を聞く必要性もないわけで。 良かれと思っていったり書いたりしてるんだろうけども。 誰かに命令して回るのをみんなで止めて、 もっと自分のことを考えるようになればなんかもうちょっといいことがあるんじゃないかと。 出来れば実害のないこと以外は気にしなくなれれば、 みんなが目を三角にして命令し続けるような、暮らしにくい社会ではなくなると思うんだけど。
恒例の、FridayFive。
「Thought-Provoking」というのは「いろいろ考えさせられる(ような)」「刺激的な」といった感じの意味らしい。
thefridayfive: Friday Five – 15JUL2011
過去ログ:
Archives: Friday Five
まぁなんというか、毎週日曜日にアニメ「日常」をニコニコチャンネルで見ているわけですが。 結構最初の頃から思っていて、今回第16話を見てそうだなぁと特に思ったのだけど、 日常 #16:日常の第十六話 なんというかこれ、「究極超人あーる」(ゆうきまさみ)にあったのと同じテーマを感じるのよね。
何か思いついたこととか、書きたいと思ったこととか、ノートに書き留めているんですけど、
その状態が文章に起こすのに「適切なタイミング」というのがありまして、
一定時間以上「ネタ」のままで放置された思いつきはだんだん文章に起こす魅力が減るというか。
そりゃお前、新鮮味が減るからだよという話ではあるのですけど、自分の感覚では、
ネタ→ボツってのはネタごとにくるというよりも一定のタイミングごとに、
「これ以前のネタ全部ピンと来ない→ボツ」みたいな感じで来る気がするんですよね。
パッと開いたノートにまだ書いてないネタが30個くらいあったけど、
どれもなんだか考える気がしなくてそのままノートをそっと閉じるということを最近ずっとやってるというね。
ノート開けばネタが書いてある安心感というのは、なんかあんまり良くないのかもなー
書き留めるという意味では良いけど、すぐにモノにしなかったネタについては存在をさっさと忘れちゃわないと、
次のこと考えなくなくなっちゃいそう。
人間って面倒くさいなー
粛々とメモを消化して行けよとも思うんだけど、確かにそれじゃつまらんもんなー
特に需要はないと思いますが自分向けメモ。
list[ i ] = "\t" + list[ i ] + " ";
↓
list[ i ] = "" + list[ i ] + " ";
他のボタンについても処理のカスタマイズはこのファイルを変更することで行えます。
(リンクに「target=”_blank”」を追加するとか)