「健康に関するメモ」シリーズについて
このシリーズは健康に関する話題、特に「根拠無く危機感を煽る」または「根拠無く安全性を訴える」ような話題について、科学的な情報を持ち根拠を提示できる人の意見を集め、可能な限り文献や論文、公的機関の報告書に目を通した上でまとめています。情報源としては正しさが疑われるページが多数あることは承知していますが、記述に出典元が付けられており出典元と合わせて合理的であると判断できる場合には、Wikipediaの記述を根拠として採用する場合もあります。このシリーズの性質上いわゆる「トンデモ」や「似非科学」と言われている話題を扱うことが多くなりますが、始めからトンデモだと決めてかかるのでは無く、もちろん正しいと決めてかかるのでも無く、きちんとした根拠が揃うまでは出来るだけフラットに話題を捉えるよう心がけます。
ただ僕自身は専門の知識を持っているわけではありませんので、どう努力しても1ブロガーのメモ書きを越えるクオリティを保証することは出来ません。基本的には自分が考えるためのベースとしての資料集積でありますし、内容の正しさについて疑問に感じる部分があれば独自に調べることをオススメします。
第14回は、加熱された油の変化について。
この話題は以前も「第4回:「酸化したもの」を食べてはいけないのか」の中で少し取り上げましたが、油に関してのみ改めて取り上げます。
目次
- 油の変化とその要因について
- 健康への影響と影響を与える水準について
- 調理方法、内容による油の変化割合について
- まとめ
- 参考資料
1. 油の変化とその要因について
油及び油を使った食品は、大気や日光に晒されたり、熱を加えられたりすることで変化し品質が劣化します。油が劣化すると不快な臭いやべたつきなどが生じて味が落ちるほか、消化不良の原因になることがあります。劣化には、酸素と結び付くことで起きる劣化(いわゆる酸化)と、カビなど微生物による劣化、ケトン型酸敗と呼ばれる劣化がありますが、一般的に起こりやすい劣化は「酸化」でありここではそれだけを取り上げます。酸化の要因は色々ありますが、多く見られる要因は以下の通りです。
- 空気 …… 空気中に直接晒されることで酸化が生じる
- 温度 …… 主に調理などで加熱されることで酸化が生じる
- 日光 …… 日光を照射されることで酸化が生じる
このうち「空気」「日光」については、遮光ボトルを使って密閉し冷暗所に置くことで影響を少なくすることが出来ます。紫外線だけで無く可視光線も影響を与えるので、安い植物油(サラダ油とか安いオリーブオイルとか)など透明のペットボトルで販売されていることが多いものについては、管理には気を遣う必要があります。また、蛍光灯の光は太陽光と波長が似ている(参考)ため、やはり劣化を生じます。
「温度」による影響については、後述します。
2. 健康への影響と影響を与える水準について
直ちに起こる健康への影響は「消化不良」。動脈硬化や生活習慣病との関係が指摘されることもありますが、それらは体内脂肪が「活性酸素」によって酸化されてできた「過酸化脂質」が原因であって酸化した油の摂取とは異なります。過酸化脂質 – Wikipedia
また「油の摂取が活性酸素を増加させる」という誤解をよく見掛けますがそうではなく、「油の摂取が「過酸化脂質」の材料である「不飽和脂肪酸」を増加させる」というのが正しい理解です。それは詰まるところ、コレステロールや中性脂肪をコントロールしましょうと言うことであり、油分の摂取を控えましょうと言うことです。「油の酸化」とは特に関係のある話ではありません。
油が酸化していても、酸化していなくても、油を大量に摂取することが生活習慣病の原因になり得ます。
次に健康に影響を与える水準についてです。
油の酸化については「過酸化物価」(POV/酸素が結合したいわゆる「酸化」した状態を測定する)と「酸価」(AV/分解してできた遊離脂肪酸を測定する)の二要素を持って判断するのが一般的です。食用油に対するこれらの数値の明確な健康基準は決まっていませんが、POVがおおよそ100meq/kgを越えると不快臭などの影響が出始めると言われています。
ちなみに加工食品における酸化の度合いについては食品衛生法などにより基準が定められており、例えば即席麺ではPOVが30以下かつAVが3以下などとなっています。
ここをチェック!食用油の規格と表示① – 日清オイリオグループ株式会社
またこちらの資料ではPOVは30未満、AVは3未満であれば問題はないとされています(ただし食品によって大きくことなるので状況によって判断すべきとの注釈あり)。
油の酸化
3. 調理方法、内容による油の変化割合について
油を使って高温で調理することによって油は酸化が進みます。また、どんな内容の料理を行うかによっても酸化の度合いがことなります。
どんな調理でどれだけ変化するのか?については、こちらのサイトに掲載されている「食品品質保持技術研究会」に提出された鈴木修武氏のレポートが大変興味深いです。引用させて頂きます。
これによると同じ油を週1回、5週連続で使用した後の油のPOV値は「1.0~22.1」、AVの値は「0.17~0.44」。調理内容や調理方法によって結果が大きく異なってはいるものの、一般的な品質基準と比較すると5回使い回した後でも油はそれほど劣化していません。3回目まではどのパターンでも食味に影響が無く、数値的にも食感的にも問題は生じていません。
また食品保健指導士レンズ豆のスープさんのこちらの実験記事も興味深いです(神戸市の消費者教育センターで行われた講座のレポート)。
実験結果発表!『食用油の劣化について』 – おしゃべりランチ
実験では「新品の日清サラダ油」「開栓後未使用のまま直射日光下に放置した日清キャノーラ油」「2回ほど揚げものをし、濾さずに2ヶ月直射日光下に放置した日清サラダ油」「2回ほど揚げものをした後、小さい遮光の瓶に入れ暗い場所に保管した日清サラダ油」の4パターンにわけて「AV」「POV」を計測しています。結果は、AVがおおよそ0.3~0.7。POVの方は冷暗所で保管したものはほとんど変化しなかったのに比べ、直射日光下では未使用の油でも酸化する(漉さずに2ヶ月放置の場合でPOVが50)、でした。
基本的に調理を行っただけでは、食用油はあまり劣化しないのですね(繰り返し何度も使用すれば劣化しますけれども)。
さらにもうひとつ資料を。次の資料は、食用油の使用に関する国民生活センターの実験結果です。
食用植物油の比較テスト結果(PDF)
この実験では繰り返し油を使用してもAV値は「0.22~0.30」程度で、油交換指導の基準(2.5)を大きく下回ったと報告されています。ここでも、調理による食用油の酸化の影響は非常に小さいことが示されています。
ちなみに調理時の油の温度については、こちらに面白い記事があります。
Okayama’s Essay Q:適切な炒め油の温度って?
ごく普通のブログ記事であり、特になんの資料もないので参考程度の紹介ですが、一般的な炒めもの温度は170~180℃程度との記述があります。中華料理なんかで見られる「煙が出るまで高温にする(240℃程度)」手法は、昔の不純物が多かった油であればともかく、現代の精製度が高い油では不要でむしろ油の酸化を進め味を悪くすると書かれています。
炒めものの油の温度も揚げ物とそう変わらないことがわかりましたが、揚げ物に比べると加熱時間は短いので、炒めものでの油の劣化はさらに少なくて済みそうです。
4. まとめ
油は様々な要因で劣化し、劣化した油は消化不良・食中毒など健康に悪影響を与えます。特に太陽光および蛍光灯は天敵で、遮蔽ボトルに入れるか、密閉して暗所に保存することが必要です。一方でよく指摘されがちな「調理による酸化」は実際にはほとんど起きていません。調理に使用した材料や道具によって酸化の程度が変わることはありますが、極端な高温での調理を避け(適温は170℃前後)、少なめの油を使い適宜差し油をしながら調理したり、使用後の油をきちんと漉して(衣などは品質劣化の原因になります)暗所で保存すれば、酸化を気にすること無く繰り返し使用出来ます。油を使って加熱調理した料理を酸化を理由に忌避するのは間違っています。
繰り返し使用された食用油の酸化の程度については、臭いや食味での判断の他、かに泡(揚げ物をしたあと食材を取り除いても消えない泡のこと)などで判断できます。
なお脂肪酸の摂取やコレステロールのコントロールなどの視点においては、油は十分に制限されるものであるのは変わりません。特に揚げ物は油の吸収率が高いので注意が必要です。
5. 参考資料
油脂の劣化について一般財団法人日本食品分析センター JFRLによるレポート。
ここをチェック!食用油の規格と表示①
日清オイリオグループ株式会社のお客様相談窓口にある資料。
酸化のメカニズムと、加工食品の酸化に関する安全基準が書かれています。
油の品質保持
個人のWebサイトだが、掲載されている資料は「食品品質保持技術研究会」によるレポート。著者は鈴木修武氏で、豊年製油株式会社を定年退職後の現在の肩書きは食品技術コンサルタント。
油の酸化 – Kanno’s HomePage
個人のWebサイト。プロフィールは不明だが職業として食品の包装/品質管理に関する仕事をされていた模様。現象に関する説明部分について、表現の参考にさせて頂きました。
実験結果発表!『食用油の劣化について』 – おしゃべりランチ
食品保健指導士レンズ豆のスープさんのブログ記事。油の酸化に対する空気と加熱の影響について、いくつかの状況を想定して、官能試験と試験紙による試験を行っています(神戸市の消費者教育センターで行われた講座のレポート)。
Okayama’s Essay Q:適切な炒め油の温度って?
調理道具研究家・家庭料理アドバイザーの岡山晄生さんのブログ記事。