「健康に関するメモ」シリーズについて
このシリーズは健康に関する話題、特に「根拠無く危機感を煽る」または「根拠無く安全性を訴える」ような話題について、科学的な情報を持ち根拠を提示できる人の意見を集め、可能な限り文献や論文、公的機関の報告書に目を通した上でまとめています。情報源としては正しさが疑われるページが多数あることは承知していますが、記述に出典元が付けられており出典元と合わせて合理的であると判断できる場合には、Wikipediaの記述を根拠として採用する場合もあります。このシリーズの性質上いわゆる「トンデモ」や「似非科学」と言われている話題を扱うことが多くなりますが、始めからトンデモだと決めてかかるのでは無く、もちろん正しいと決めてかかるのでも無く、きちんとした根拠が揃うまでは出来るだけフラットに話題を捉えるよう心がけます。
ただ僕自身は専門の知識を持っているわけではありませんので、どう努力しても1ブロガーのメモ書きを越えるクオリティを保証することは出来ません。基本的には自分が考えるためのベースとしての資料集積でありますし、内容の正しさについて疑問に感じる部分があれば独自に調べることをオススメします。
第12回は、カット野菜の安全性、栄養価などについて。
「カット野菜は悪!」というのは、健康に気を遣う人たちの中では固く信じられていることなのですが、必ずしもその信じられていることが正しいというわけではないようなので、そのあたりにスポットを当ててまとめています。
目次
- 「カット野菜は悪!」なぜそう考えられているのか
- カット野菜はどう作られているのか
- カット野菜の安全性について
- 最近のカット野菜の栄養価は?
- まとめ
1. 「カット野菜は悪!」なぜそう考えられているのか
先日、Facebook経由でこういう記事が回覧されてきました。カット野菜は、野菜を切った後、次亜塩素酸ナトリウムという消毒液やプールの消毒に使う塩素水に何度も繰り返し漬けて殺菌します。においを嗅いだだけで、食べたら危ないとわかるはずですが、そのにおいを消すために、何度も水で洗浄します。野菜に含まれている栄養素は水溶性のものが多いですから、殺菌剤液に漬けたり洗浄したりする間に流れ出てしまい、ほとんど何も残っていません。あえて言えば食物繊維くらいでしょうか。そんな野菜を、お金を払ってまで食べる意味があるでしょうか?
カット野菜は製造の過程で「次亜塩素酸ナトリウム」という薬品で繰り返し殺菌消毒されており、それが人間にとって安全ではないという主張です。もしこれが本当であれば、カット野菜を調理に使ったり、またカット野菜を使った食品(コンビニのサラダなど?)を食べたりすることは、健康にとって大きなリスクになります。
というわけで、「次亜塩素酸ナトリウム」という化学物質が本当に人体に悪影響を与えるのか調べてみることにします……
2. カット野菜はどう作られているのか
……いや、しません。僕は次の項のようなテキストがあることを知っているからです。いい加減にカット野菜=次亜塩素酸ナトリウム使用というのやめませんか。元メーカー社員より。 – 冒険者の犬
本記事は、上記のようなあまりにも一方的でいい加減な主張にうんざりしたので書くことにしました。
これを読むと、
- カット野菜製造時に「次亜塩素酸ナトリウム」を大量に使用しているという主張の非合理性
- 食品加工に対する科学的なアプローチとはどういうものか
についてよくわかるはずです。
またこの記事への補足として以下の記事も参考になります。
次亜塩素酸ソーダを使用しない食品製造が可能なのか?って事について – 日々の小さな感動日記
本日、ちょっと気になった記事を見つけたので、少し指摘させて頂こうかと思います。
大まかには同じ結論だと思うので、わざわざエントリして指摘する必要は無いかと考えたのですが、「次亜塩素酸ソーダが云々」と騒ぐ人たちに揚げ足をとられ、逆に嫌次亜塩素酸ソーダ派が利用されたら困るので、あえて指摘したいと思います。
本当はこれらの記事をよく読んで理解してもらいたいし、それだけでよく目にする「カット野菜の危険性を煽るテキスト」がどれくらい荒唐無稽かわかると思うのですが、なかなか長文を咀嚼できない人のために「カット野菜はどう作られているのか」の結論だけを抜き出して書きます。
- カット野菜が変色しないのは殺菌消毒しているからだけではなく、変色したものが廃棄されているから。
- 「次亜塩素酸ナトリウム」で変色を防ぐことは出来ないし、野菜の殺菌には使用されていません。
- 変色を防ぐために行われていることは「冷蔵」と「脱気」。鮮度が大事です。逆に言えば製造から日が経ったり、購入後袋を開けて時間が経てばカット野菜は変色します。
- そもそも「次亜塩素酸ナトリウム」は高価すぎて、すべての野菜の殺菌消毒に使用することは出来ません。機材の消毒には使用されていますが、水道水と同レベルの濃度です。
それぞれの主張に対しては、「健康に関するメモ」シリーズで重要視する公的機関による研究成果が根拠として添えられており、それぞれ信用できる資料だと判断しました。具体的には以下の通りです。
- 「次亜塩素酸ナトリウム」で殺菌することの変色防止の有効性について
- 次亜塩素酸ナトリウムによるカットキャベツの殺菌と日持ちへの影響(茨城県工業技術センター研究報告 第24号 食品加工部 橋本俊郎)
- カット野菜を変色させないために有効なことは何か
- カット野菜の品質保持研究の現状(全国農業協同組合連合会 農業技術センター 太田 英明/菅原 渉)
ちなみに野菜の殺菌に「化学物質が使われていない」わけではありません。野菜がどう殺菌されているかは、以下のテキストでわかります。
じゃあ消毒はまったくしていないの?という話~カット野菜についての追記・補足~ – 冒険者の犬
前記事は次亜塩素酸ナトリウムによる消毒はしていませんよ、変色しない理由は他にありますよ、との点が主題でした。正直に申し上げて身バレとかも嫌だったし、書いて良いのか迷ったのでぼかしたのですが、恐らく大多数の企業では、野菜の消毒は別のものを用いてやっております。
電解次亜水です。詳しくは下記によくまとまっております。
「電解次亜水」(弱酸性次亜塩素酸水)というのは、名前は「次亜塩素酸ナトリウム」に似ていますが中身は別物です。「次亜塩素酸ナトリウム」が強アルカリで食品の品質に悪影響があるのに対し、「電解次亜水」はph6程度の弱酸性で影響が小さく、誤って飲み込んでも人体に危険が無いほど安全性の高い物質です。詳しくは以下のサイトの説明が非常に解りやすいです。
今日の食卓を色彩る 徳尾商事 【:微酸性電解水製造装置】
「次亜塩素酸ナトリウム」に比べて安全性が非常に高いといわれている「電解次亜水」ですが、分類としては「食品添加物」に当たります。原理的にみても危険性はないと個人的には思いますが、「食品添加物」をどうしても回避したい方には、検討すべきことかも知れません。
(残留性がなく洗浄で落ちるので食品には記載されていないレベルです)
3. カット野菜の安全性について
繰り返しになりますが、カット野菜の変色を防ぐために行われていることは、薬品による殺菌消毒ではなく、徹底した品質管理、特に温度管理と脱気です。野菜を温めないよう、なるべく外気に触れないようにすることで品質を維持するというやり方です。食品加工のイメージである「化学薬品でお手軽に」とはかけ離れた愚直で堅実な品質管理が行われているということになります。自然や人の手を第一に考えたい人にとっては受け入れがたい事実かも知れませんが、カット野菜というのは、その製造過程において「安全である」といえると思います。野菜をカットして余らせてしまうような単身者と比較した場合には、「カット野菜の方が安全である」とさえ言えるかも知れません。
以前、ヤマザキパンがカビない問題について言及したテキストでこんな表現がありました。
私は数年前に、市民講座の後の質問で「市販の食パンには保存料がたくさん入っているからカビが生えない」という意見に「市販のパンには保存料は入っていません。保存料を使用しなくても工業的に無菌的な環境で製造されたパンは、数日位の日持ちは当然です」と答えたところ、「私は市販のパンは買わなくて、自分の家で食べるパンは全部家庭で作っていますが、3日も持ちません」と答えられた。そこで、「申しにくいことですが、あなたの台所がパン工場より汚いからです」と答えてその方を激怒させたことがある。
「申しにくいことですが、あなたの台所がパン工場より汚いからです」このことについてきちんと了解できているかどうかって結構大事で。ゴミ一つ汚れ一つ無い?ふきんできちんと拭いてる?マジックリン使ってる?そんなことは「汚い」かどうかのレベルにないんですよねえ。もやしもん的な意味で。
同じことはカット野菜についても言えて、自宅で野菜をカットして置いておくのと、カット野菜とでどちらが安全ですか?となれば、それは「解らない」としか言いようが無いです。安全管理が徹底されているのは明らかにカット野菜です。しかし鮮度では自宅でカットした野菜には敵いません。でも時間が経てばある時点で、どちらが安全かは逆転するでしょう。
科学的な根拠に基づいて食品の安全性を考えるということはこういうことなのだ、というのがよく解る例になっていると思います。
4. 最近のカット野菜の栄養価は?
こういう記事がありました。(1/2) 売れる「カット野菜」 利便性に割安感、「食べきりサイズ」で人気、栄養価も変わらず? : J-CASTニュース
とはいえ、一方で気になるのが「栄養価」。これまで「カット野菜は栄養価が落ちる」と、たびたび話題になってきた。
サラダクラブは、「野菜にはビタミンCやカリウムなどの水溶性の栄養素も含まれていますから、工場でカット、水洗いをすることでそれらの成分が流出する可能性はあります。ただ、研究所で残存率を調べたところ、栄養素が著しく損なわれることはありませんでした」と説明する。
そのまま受け取ると「最近のカット野菜は栄養価も高いのか!」ということになりますが、J-CASTですし、情報源もカット野菜製造メーカー(キユーピーと三菱商事が共同出資する株式会社サラダクラブ)ですんで、何とも言いがたいですね。
ただ、株式会社サラダクラブが自社サイトで公表している研究結果を見る限りでは、おおむね5%くらいの減少に留まっており、「カット野菜は栄養価が低い」とは言えないなあという印象があります。
カットレタスの栄養成分|サラダクラブ
これが正しければ、「カット野菜かどうか」より、「どの季節にどの野菜を食べるか」「どの野菜をどう調理するか」のほうがよっぽど栄養価に大きな影響を与えそうですしね。カット野菜も進歩しているということなんでしょう。
5. まとめ
「カット野菜ってどうなの」という質問に対して答えるのであれば、- 一般的に流布している印象とは比べものにならないほど安全
- 少なくとも「印象」の根拠とされている事柄は間違っている
- 最近のカット野菜は栄養価も高い
と答えるのが適切でしょう。
個人的には「安全であるかどうかをカット野菜製造メーカーに委ねること」それがすこし気持ち悪く感じられ、(カット野菜が安全だったとしても)自分は野菜を買って自分でカットして使いたいと思います。でもそれはきっと、
- 料理することが好きで野菜を選んで買うことが苦ではない
- 千切りやみじん切りをいとわない
- 使い切れなくてダメにしてしまうというようなことがない
といった要因があってのことであり、
- 野菜を切るのが面倒くさい
- 野菜を買ってもなかなか使い切れずにダメにしてしまう(キャベツとか……)
という人がそれを理由に野菜を食べないとなるのであるなら、カット野菜を買って調理に組み込む方がずっと健康的なのではないでしょうか。そのあたりを考慮しながら上手に取り入れていくと良いのではないかと思います。