ノートを開いてボールペンを持ち、考えつくことを片っ端から書き記していくという「1人ブレスト」というのを昔良くやっていました。そうだなー高校から20代半ばくらいまでの10年弱くらい。最近はあまりしていなかったこれを、1日1回出勤前の15分とか時間を決めて習慣にしていこうかなと思っています。


「このデジタルな時代にノートとボールペンかよ」と思う向きもあるかも知れませんが、個人的にはデジタルのインターフェイスというのはどこまで行ってもアナログのインターフェイスには敵わないと思っています。もちろん近づけようという試みは行われていて、zeptopadなんか凄いなーと思ったりもするのですけど、それでも紙面を自由に横断でき、縦も斜めも曲線も直線も一切制限のない線や文字を記述でき、いつでもどこでも電源やネット環境に影響されることなく確認できるという「性質」は、検索しづらいという欠点を除けばいずれもデジタルを凌駕していると思います。まぁ「メモする人たち」にとってはことさらに強調することでもないでしょうけれど。


実際にノートを用意して思いつくものを次々に書いていくと、忘れたと思っていたことを思い出したり、思いつきの連鎖が形になったり、愚痴のページが出来て苦笑いしつつも少し前を向けたり、ただの備忘録というだけでない効果があります。また過去の思いつきを振り返るのには少々苦労しますけど、ブレストである以上別にそれを常に引っ張り出してあれこれとか言うのでもないので、時間があるときにぱらぱらめくる中での思いつき再発見みたいなのを期待する分には、あまり気になりません。そのことよりも「次、ネットに接続したとき」に書こうと思って永遠に失ってしまうことの方が不都合が大きいなぁと。


僕は僕なりに様々なアプリケーションや仕組みを試してみて、どこからでも保存できどこからでも閲覧できる仕組みなんかも作ってみたのですけど、iPhoneにせよPCにせよ最終的には面倒になってしまい、長続きしませんでした。理屈は合ってると思うんですよ?Webに接続しさえすればどこからでも取得できて、検索も高速で、コピペも出来る、そんな方が便利だってのは。でも、そうじゃないんですよね。僕にはきっと、キーを押してメモを取るという活動が合わないんだと思います。


まー、この習慣を続けたからと言って、僕に何か特別な能力が備わるわけでもないし、知性が飛躍的に上がるわけでもありませんけど、考えにまとまる前のたくさんの「素」みたいなものを方々に散らしておくのは結構大事だなぁと思ってます。昔の作家さんが原稿用紙を丸めて自分の周りに投げ捨ててる感じのイメージ。あ、やっぱあっちのがいいかもしれんとか。最近「忙しい」とか何とか言ってそういう基礎努力みたいなのをさぼってしまってて、自分の中の蓄積の枯渇を感じてたんで良い機会かなぁと思います。うん。