ブログがメディアとして定着して以来、テレビの制作者や、新聞の記者は、
自身の主張に対して、批判を受ける機会が多くなった。
以前であれば、所詮『読者からのお便り』程度で、
それも、編集部が望まない限り、公にされることはなかったのだけど、
多くの人が、公の場で発言することが出来るようになった今では、
読者から直接、それも公の場で批判されうる。

まぁそうされないようにしっかり仕事をしろ、と言うことなのだけど、
彼らが僕らブロガーと違うのは、
時間ないしは文字数の制限があると言うこと。

よく、インタビューの結果が、意図的に編集されているという話があるけど、
どの部分をどう繋ぐか、と言う話とは別に、
もう根本的に、インタビュー全てを盛り込むには間尺が足りなさすぎるというのはある。
話す側とすれば、必要があってそれだけの時間を割いてるわけだから、
どこからどう編集したって、まぁあれだ、本意を正確には表現できないわな。

記事にしてもさ、もうあらかじめ必要な文字数ってのは決まってるわけだよね。
多すぎても少なすぎてもいけないわけで、
まぁ殆どの場合は、どこを切るかっていう話になるんだろうね。
昨日の中日新聞のコラム(書いているのは東京新聞の記者だが)にしても、
あのコラムの文字数内で納めるには、
起承転結を1,2行ずつ拾っていく書き方しかない。
それでああいう、雑なコラムが出来上がったんだろう。

もちろん、根本的に、あのコラムに相応しい話題ではなかった、と言う言い方も出来よう。
文字数を多く消費しないと伝えられないようなことを、
限られた文字数の中で、適当に伝えるくらいだったら、止めときゃいいんだよね。


そういう限られた中でした仕事に対して、
殆ど文字数の制限のない媒体から批判される。
これは、表現者としては、相当にフラストレーションが溜まることなんじゃないかな、と、
少し同情する。
自分だって、反論したい、いやそれより、そもそもの制作物において、
もっと筆舌を尽くして説明したい、
そう思ってるかもしれないが、それは物理的に無理だ。
その無理なところを、これ見よがしにつっこむ。
君らは気楽で良いな…みたいなことを思ってるかもね。


でもまぁ言わせてもらえばさ…その辺がメディアとしての限界ってことだよ。

ショルダーバックほどある初期の携帯電話のように、
如何にツールに不便があったとしても、
少しでもメリットがある限り、人はその中で努力し、使用しようとする。
と同時に、その不便も徐々に解消していこうとする。
その結果として、現在の携帯電話がある。

新聞やテレビというのも、結局はそう言う『過程』にあるメディアなんじゃないか?

もし、自らのメディアの利便性の低さを、否定するのであれば、
んー、メディアを変えるしかないんじゃないですかね。


関連項目のリンクも、裏付けの注釈もないまま、文字数で限られた不自由なコラムを、
誌面と同じようにWEBにアップしていることが、
なんて言うかなぁ…雑なんだと思うよ。表現者として。
もっと説明したいことがあるなら、それを加えられるだけの余裕が、
WEBにはあるはずだから。

限られた文字数で適切な言葉を連ねることは、ある意味職人技で、
誰にでも出来るわけではないと思う。
(少なくとも僕には出来そうにない)
WEBはその制限をなくすことで、垣根を低くしている。
制限文字数で適切な言説を行えない能力の低い記者は、まずは、
垣根の低いWEBでその辺を鍛えたら良いんじゃないか。


それでも、新聞社ないしは記者の、なすべき事の本質は、
きっちり守ることが出来ると思うんだけどね。