最後の目覚ましで起き
最後の目覚ましで起きようと思って横になるも、なかなか鳴らない。おかしいな、と思って携帯見たらすでに12:45でした。慌てて飛び起き、準備しつつも、コーヒーはきちんと入れて、飯も何とか食べて家を飛び出す。自転車で10分。間に合いました。やれやれ。
最後の目覚ましで起きようと思って横になるも、なかなか鳴らない。おかしいな、と思って携帯見たらすでに12:45でした。慌てて飛び起き、準備しつつも、コーヒーはきちんと入れて、飯も何とか食べて家を飛び出す。自転車で10分。間に合いました。やれやれ。
なぜか目が覚める。呆然としてたら新聞がきて、あ、朝なのかと気付く。6時だった。夕方だと思ってた。で、時間としては余り寝てないはずなんだけど、二度寝できなかったのであきらめて起床。さて…なにするかな。
最近、仕事以外の時間が、暇で仕方ない。 特にやることもなく呆然とすることが多い。 もちろん、家事もこなすし、 散歩に出掛けることもあるが どうにも…印象として暇である。 さらに悪いことには、お金がない。 久し振りに ネットゲームに戻りたいのに金がない。 給料出たらスグに課金するつもり そのぐらい、暇。 趣味も…仕事とかぶるから 家でまでしたくないし… 特に夜はやることがない。 テレビもラジオもあまり好きじゃないし。 うーむ。難しいな。 やはり勉強しかないかな。
長いこと温めてきた トップページのリニューアルを 遂に進言し、プレゼンに成功 (と言っても上司は1人だけだが) 実施予定となった。 僕は情報が 質、量ともに豊富であるにもかかわらず 構造上の問題で アピールし切れないのが歯がゆかった。 と同時に、ユーザーに対して、 こちらのアピールポイントを いまいち絞り込めていない、 そんな印象も持っていた。 ユーザーが望む情報を 手に入れ易いと果たして言えるかどうか。 迷う事なく商品にたどり着く、 こちらの狙いどおりに商品まで誘導する、 今までも取り組んでは来たが 『構造』に効果を減らされている そんな印象がある。 こちらの意図をはっきりと、 発想は店側だが 視点はあくまで顧客側に置く。 何が欲しいのか。 違和感を感じる部分はどこか。 仕事を始めてから大事にしてきたことを 目に見える形ではっきり示す そんな機会がようやく巡ってきた。 気合い入れてやるぞ! …でもその前に片付けることいっぱい…(苦笑)
メジャーリーグは とにかく守備も違う。 スピードとパワーに裏打ちされた 堅実な技術もさることながら 瞬間の判断も速い。 bare catchとは、 素手でボールを掴むこと。 “緊急事態”では その方が当然速く送球できる。 重要なのはまず基礎技術があること。 そして、想像力があること。 素晴らしい。 自分もかくありたいと思う、 自分のいるべき場所で。
頭の中にイメージだけあって、 それを温めて、遂に文章にする。 怖い。 出てくるものが、 イメージを正確に表現できていなければ、失敗だ。 いつもなら、思い付くのは 題名やテーマやワンフレーズだから、 怖さはない、出てきたものが全て。 でもイメージのあるものは 書きたいものだから余計に大事。 勝率は5割くらい。 なかなかに難しい、自分を納得させるのは。
疲れ果て、ふらりとメトロへ。ロットングラフティーのライブを見る。やはりライブは良い。でも、テンション上がり過ぎで若干メロディーがわからないのが玉に瑕。しかし良い。 身を削って行ったライブだったが疲れには勝てず、また客の多さにも辟易して、途中で帰る。で、2時頃帰宅、なんやかやして眠い。はわわ。
何かに喩えて説明するのが好きだ。 そのせいで教えるのが上手い、 と言われるけど、 タトエバナシってのは、案外、 上手く行かないもんだ。 喩えと、それで起きる感情との距離。 ベクトルも含め、 それが似たようなことを選ぶ。 でも、理屈じゃないから、 俺だけが解るというのもしょっちゅう。 数学や算数の問題を解く時、 平行線とか補助線とか、 引きませんでした? こことここの角度が等しいから、 とか、 比が同じだから、とか。 タトエバナシってのはそういうこと。 『数学なんか何の役に立つんだよ』 生意気な受験生がみんな言う。 それそのものを評価してるうちは青いぜ。 人生は因数分解より複雑だが 実は因数分解の繰り返し、応用。 応用の引き出しが言葉を作る。 生きるために無駄なことなんて無いのさ。 タトエバナシを今日もする。 わかった気になる、 という弊害もあるけど ただ自分の言葉を繰り返すだけじゃ 人はわかってくれない。 相手のために、 補助線を引けよ。
最近、以前からの【孤立主義】が、 ますますひどくなってるような気がする。 まず第一に、人間に対する定義が、 自分か他人、というレベルまでシンプル化されてしまっている。 第二に、他人などどうでもよくなってしまっている。 会っても会わなくても、どちらでもいい。 本来は、 親友、仲のいい友達、友達、知り合い、恋人、先輩、後輩…など、 自分以外の人間を様々に色分けして認識しているハズなんだ。 僕だってそうだ。 でも、その差が曖昧で、全体にクリームシチューをかけたような、 まったりとした感じになってしまっている。 そして、全てが他人、なのだ。 仕事場ではコミュニケーションがある。 彼らは同僚であると同時に友達だが、 仕事場以外では、会いたくはない。 他人なしでは生きられないと理解しながら、 できうる限り他人を排除しようとしている。 誰かに会いたくなったりしないのだ。 それを責められても…僕にはわからない。 知らせのないのは元気な証拠。 確かに僕は元気なのだろう。 でも、知らせないうちに多くの人間を忘れ、 他人にして行くだろう。 そして最後には、僕と、他人だけになる。 それは僕だけが知っている。
正直な話、 僕は殆どお洒落に気を使わない。 今まで生きてきて、 お洒落に気を使ったのは 2年くらいしかない。 今では、そうだなぁ… 一年に3回服買えば 多い方じゃないですかね。 いや、カッコイイ服は着たいし、 家で何着るか悩んだりもするんだけど 買いに行くのがちょっと。うーん。