カテゴリー: Mutter
経済ニュースの用語が独特すぎてわからんと言うかむしろ和む
ニュアンスは伝わるんですけどね……
上記例に含まれる単語ドル円93円台後半で上げ渋り、ユーロドル下値もみ合い=欧州外為(サーチナ) – ニュース・コラム – Yahoo!ファイナンス
欧州時間のドル/円相場は弱含み。特段の手掛かり材料はないものの、94.00円前後での上値の重さを嫌気し、93.60円台まで小緩んだ。その後は93.90円台まで小幅に買い戻される場面も見られたが、時間外の米長期金利が低下したことなどによる売りも散見され、93円台後半で上げ渋る展開となった。 また、ユーロ/ドルは下値もみ合い。ドル/スイスでまとまった規模のドル買い・スイスフラン売りが入ると、ユーロ/ドルでもドル買い優勢となり、1.3510ドル台まで下値を切り下げた。 ただ、小安く始まった欧州株が切り返すと一時、1.3540ドル台まで値を戻したが、明日のスペイン国債入札や、欧州中銀金融政策発表を控えて1.3530ドル前後で方向感が出なかった。(執筆:外為どっとコム 編集担当:サーチナ・メディア事業部)
ドル円93円台後半で上げ渋り、ユーロドル下値もみ合い=欧州外為(サーチナ) – ニュース・コラム – Yahoo!ファイナンス
- 弱含み
- 上値の重さ
- 嫌気する
- 小緩む
- 上げ渋る
- 下値もみ合い
- 切り下げた
- 小安い
- 方向感が出なかった
鯖(アンコール) : すしブロマイドシリーズ。【傳編 2013/01】(最終回)
【ドル円】 白川日銀総裁が前倒しの辞任を表明し、1ドルは93円台に(執筆時点で93円25銭) 【定点観測】
少し値を戻して落ち着いたと思ったんですけどね。また一気にいきましたね。びょーんと。びょーーんとね。
赤貝ひも : すしブロマイドシリーズ。【傳編 2013/01】
「京都人は古いものを壊すのが大好きだよね、という話。」の追記。
こういうブクマコメントいただいた。
明治維新以来新しいものを取り入れないと取り残されるという危機感が常にあって、その癖歴史や伝統に変なプライドを持っているのが京都人だけど、わたしはそんな京都が大好きですよ「危機感」。「新しいもの」。 僕はそれは誤魔化しだと思っている。始めはそうでは無かったかも知れないが、今ではただの言い訳でしかないように思える。古い建築物を新しい鉄筋コンクリート建築で塗り替えていくことが、それを「新しいものを取り入れる」と称することが、それが今はただの言い訳にしかなっていないのだと言うことを言っている。 まず第一に、「新しい」というもの、それは文化として日本全国にいくらでもあるものでちっとも新しくない。全く新しくない。見飽きていると言っても良い。そんなのは誇れる新しさでは決して無い。第二に、その街で「古都京都」を名乗るのは無理がある。日本全国どこに出しても遜色ない街に古都らしさなど見つけられない。第三に、「取り残された」部分で食い扶持を稼いでいるのに、危機感という言葉は嘘くさい。もし「取り残された」部分がなかったら、本当に京都は歴史に取り残された都市になってしまう。「取り残された」部分があるからこそ、取り残されずに済んでいるという事実を認めない。 「取り残された」部分を必死で守っているのは、ごく一部の志のある人たちだけだ。一般市民にそんな気がある人は少ない。それが街の変貌の割合として表出している。僕が憤っているのは、経済的な理由であっさりと街を変えていく人たちの意識の低さだ。経済的理由を解消させられない京都市や京都府の方針だ。力になれない僕らの非力さだ。街を歩いて欲しい。京都人は自らの手で京都を殺している。2012年、家の近所だけで全部で6軒の新しいビルが建った。そのうち2軒は明らかに保護されるべきレベルの建築物だった。今は方や駐車場、方やどこかの会社の自社ビルだ。それのどこが新しく、それのどこが危機感をフォローするのか聞かせて欲しい。それによって京都の何が救われたのか。 そんなものは誤魔化しだ。経済的合理性による活動に、「新しいものを常に取り入れる」という誤魔化しのタグを付けるのを止めさせるべきだ。そんなのはちっとも新しくないよ。もちろん古くもなく、とりたてて価値も無い。それなりの地方都市に掃いて捨てるほど落ちてる事象だ。「新しいものを取り入れている自分」を客観的に見つめ、そんなのは誤魔化しだと理解すべきだ。そんなの、ちっとも新しくないよ。そんなのちっとも「京都人らしく」ない。僕も大好きな京都人はそんなのでは無いはずだ。京都人ならもっと上手い方法を見つけるはずなんだ。醜悪なひさしをマンションの一階に付けて「景観を乱さない」などと嘯くような、そんなくだらない誤魔化しはたくさんだ。
京都人は古いものを壊すのが大好きだよね、という話。
「修学旅行でがっかりした観光地あげろ」なんて言う話になると出てくる京都の話。確かに見栄えのある観光地もたくさんあるのだけど、都市として京都は完全に日本の平凡な都市そのもの。京都に住んで18年、京都の街のど真ん中で暮らし仕事するようになって10年くらい経つけれど、毎年数え切れないくらいの歴史ある建造物が街から消えていく。伝統あるかまぼこ屋も伝統ある雑貨屋も伝統ある和菓子屋も、古着をゴミ箱に投げ捨てるようにして建築物を取り壊し、駐車場にしたりとってつけたようなデザインの鉄筋コンクリートのビルやマンションに作り替えていく。 京都でよく言われることは、
- 京都人は新しいものが好き
- 新しいものと古いものが混交しているのが京都
新しい職場のトイレに関する雑感
- ウォシュレット付き(TOTO アプリコット)
- 便座の温め常にオン
- 水流したあとの脱臭機能も常にオン
- ウォシュレットの勢いを最強にしたまま出て行く人がいる
- トイレットペーパーの交換をせずに新しいの出してその辺に転がしとく人がいる
- トイレットペーパーの交換をしたあと芯と包装紙を個室内に放置しとく人がいる
- 男子トイレなのにトイレットペーパーを三角に折る人がいる…と思ったけどよく調べたら掃除のおばちゃんだった
- TOTOのウォシュレットはうちで使ってるのに比べるとピンポイント感が凄い
- 一応毎日掃除されてるし汚れてたことはない。綺麗。
- SOHOオフィスは2フロアあるけどウォシュレットはそれぞれ違う。5階のヤツはウォシュレットのボタンを押して水流す形式。アレどういう仕組みになってんの…レバーが遠隔で動くんですけど…





