長文に飢えている
2016年5月くらいからブログの更新頻度が下がっていたのを、前月くらいから増やすようにしているのだけど。ネタを探して時間を探して書く、ということをしていて思うことは、自分が長文を書くことに飢えてるんだなあということ。別に作家ではないし記者でもないので、人に読ませるテキストを書くわけではなく、文字数の決まったきちんと構成された文章を書くというわけでもないのだけれど、なんかこう思っていることを書き連ねていくようなそういう習慣を思い出すにつれ、自分がどうやってバランスを取っていたかを思い出す……的な。公開するかしないかは別にして、手を動かしてモニターに映る文字を読み返しながら、自分が何を感じ考えているかを確認していくのが僕の習慣だったんだなという感じ。
ブログとして体裁を整える余裕がないから、書きっぱなしでいい「日記」という形で文章を書こうとしたこともあったけれど、なかなか難しいんだよね。日記は別に人に公開するものでは無いし、作成する場所はGoogleドキュメント一択だとして、スマホのGoogleドキュメントアプリは読むのには良いけれど更新するにはちょっと使いづらい(起動が遅い、装飾しづらい、画面が狭い、PCのキーボードに比べて高速入力しづらい、など)ので、更新するにはPCの前に座る必要があるのだけどいざPCの前に座るとやりたいことが出てきてしまって、なかなか更新に集中できない。一定量書き尽くすまで書いてしまうから、時間も掛かる。その日あったことをちょっと記録するだけにして、継続を目的にしようと思っていても、あっという間に更新できなくなっちゃう。
手軽に文章を書く手段として「スマホの音声入力を使ってGoogleドキュメントに口述筆記」という手法もあって、実際ものすごく便利なんだけど、空き時間、つまり深夜とかに1人でスマホに向かってブツブツ言うのがどうも慣れなくてちょっと。それが出来れば、長い下書きを音声入力で作っておいて、ちょっと手直ししてブログアップとか簡単なはずなんだけどねえ。今のところブログの下書きには使ってなくて、移動中に思いついたことをメモるのに使ってる。歩きながらiPhoneのメモアプリ起動して、音声入力でメモると凄い捗る。変換は怪しいところもあるけど、まあ9割方大丈夫。移動中のメモはボイスメモでも良いけど、音声入力だとあとでテキスト化しやすいのがいいかんじ。ボイスメモからワンタッチで音声入力できると良いのにね。
ともあれ、なんかこう長文を書きたいなあと思っているんだけど、スマホで下書きして「割と長文書いたなあ」と思ってブログに持ってきて見てみると実は案外長文になってない。このテキストだってここまでで1,100文字くらいしか無くて、超軽いレポート程度でしかない。これ以上の文字数、例えば5,000文字とか書こうとするならちゃんと構成考えないとたぶんわけわかんなくなる。出来れば小見出しも打つべきだし、目次があっても良いし、ってそうなってくるとますます「手軽に」という感じでは無くなってくるんだよなあ。僕には頭からぶっつけで喋って5,000字くらいにまとめるみたいな才能は多分ないので。誰かインタビュアーがいてくれるなら別だろうけど。でも近いうちにこの3倍くらいの文章は、それも必然性があんまり無い無駄に長くて誰も読まないような文章を、書いてみようと思う。あれかな。ラジオ番組の脚本みたいな感じになるかもな。お題3つくらい用意して順にコメントしていく的な。それなら書きやすそう。別に小説とかエッセイとか書くってんじゃないし。やってみよかな。
特に大きな理由は無いんですが、1年以上ぶりに外国為替を見てみたらば、1年前に比べて結構か円高になってました。いつの間に。1年前の記事では、

内閣支持率のグラフを更新しました。
飲食店で働く友人が体調を崩してしまいまして。営業中に発作のようなものを起こして意識ははっきりしているものの手足に力が入らなくなり、動けなくなってそのまま救急病院へ。最近体調が悪くて病院で「狭心症の疑いあり」といわれていた(周りには黙ってた)のと、このところ風邪気味だったのとが直接的な原因らしいのですけど、でも……本質的には働き過ぎだと思うんですよね。
彼がどんな待遇で働いていたかというと、まずいわゆる「週休二日制」。
その昔、出勤と言えばだいたい時間との勝負であり、タイムカードは定時と秒を争って切られるものであり、出勤とは時間と空間を削るギャンブルであったのですけど、ここ最近はだいたい定時より10分から15分前にタイムカードを切っています。なんでそうなったかなーというと、それはもう去年夏まで働いていた山の上の斎場への通勤の経験のせいです。
幹線道路と酷い上り坂を含む7kmの行程は毎日の到着時間が正確に読めるような通勤路ではなく、その上自転車通勤は途中でパンクなどのトラブルが起こることも予想され、また到着したらしたで汗だくで仕事を始められないこともままあったので、「基本的に20分前に職場到着」「着替えて15分は休憩を取る」というのが習慣になっていました。
もちろん今はそんな環境ではなく、もうちょっと楽で余裕のある通勤路になっているのですけど、それでも何となく朝は余裕を持って出ないと落ち着かないのですよね。どんな信号の待たされ方をするかわからないし、ビルのエレベーターが大混雑かも知れないし。
ただ……実際のところ、かつての斎場への通勤はともかく現在も早めの出勤を心がけている理由は、今昼働いている会社が、タイムカードを「出勤から退勤まで打刻通りに1分単位で給与を支払う」ことになっているからです。別にそれを狙って早く出勤しているわけではないにしても、もし早く出勤して早く仕事を始めてしまっても「損にならない」というのは、早く出勤することに対する十分なインセンティブになります。定時より10分早く出勤し10分遅く退勤した場合、1ヶ月でおよそ7時間の勤務時間増となり、給与もおよそ1日分増えることになります。
企業側がそれを嫌ってタイムカードは出退勤の確認のみに使用して、定時分の給与のみ支払うとなるのも理解出来るのですけど(違法です、念のため)、別に遊んでいて1日分増えたわけではなくむしろその「しろ」があるために生産性が上がっていると考えるべきで、実際僕はそうなっているので、金額ではなく内容で考えれば、分単位で支払うことは企業にもメリットがあるよねと思います。
ちなみに、1日の出勤時間を15分、30分といった単位で区切って端数を切り捨てるのも違法です。16時29分にタイムカードを切れば16時半から給与が発生するけど、16時32分にタイムカードを切ったら、給与が発生するのは17時からになる……みたいなのですね。ただし月の労働時間は5分単位で切っても良いんだったっけかな。確か。
まあ違法ですっていったって、アルバイトの現場では普通に見られるけれども……労基署にたれ込んでも仕方ないしねえ。ぶっちゃけ1分単位で出退勤が給与になるのであれば、30分単位を待って仕事探したりすることがなくなって、仕事が終わった時点でタイムカードを切るようになるので、言うほど人件費上がらないと思うんですけどね。昔からの商習慣なんでしょう。悪いことしてると思ってないんだろうなあ。
なんか話がずれちゃったけど、朝は割と余裕持って出勤することが多いんですよねという話でした。寝るの遅くて眠くても、早めに出た方が結局楽なので。もちろん本当は、自然に目覚めるまで寝続けたいんですけどね。そんなこと言っても仕方ないしな。