とある「パワハラ」の現場から

ムエタイの選手のイラスト
以前、noteで有料限定公開していたもの(販売数はゼロ)をこちらに転載。






ある告白

その空間は、とても不快だった。

飲み会の席のことである。多少のことは多めに見るべきであろうけれど、酔った上での罰ゲームとは言え、特定の人間が暴力をふるわれるのは見るに堪えない光景だった。

景品を掛けてくじを引き、そのくじに書かれている罰ゲームを実行するというたわいもないゲームである。一気飲み(ソフトドリンクでも可)や社長の良いところ、誰かとハグ、モノマネなど、微笑ましいネタが多い中、「Aにタイキック」というくじが複数枚入れられていた。くじを引いた人間がAに蹴られるのではなく、くじを引いた人間がAを蹴り飛ばす。Aは別に何か罰を受けるようなことをしたわけではないのに、いわれのない暴力をふるわれる。そして「A」に該当するのはランダムではなく、特定の2人の人間で、それぞれ2,3回ずつ臀部を蹴られていた。

もちろんそれがバラエティ番組の模倣であることは知っているし、僕だって番組内でそれを見れば笑うだろう。でも今目の前で起きていることは、特定の人間に対する暴力でありいじめである。くじはすべてを引き尽くすまで回されるから、特定の2人が複数回蹴られることはあらかじめ決まっていた。僕はそれを笑って囃すような下劣な品性は持ち合わせていないし、ましてやそんなものを肴に酒など飲みたくはない。

割と楽しみにしていた飲み会だったけれど、それで一気に冷めた。そのあと店を出るまでの1時間半ぐらい、ほとんど誰とも話さなかったと思う。酔っているとはいえ、その状況に疑問を持たず、暴力をふるう側ふるわれる側への同調圧力を感知しない、その集団に自分が参加していることがたまらず嫌だった。場は酔ってテンションが上がった人間で混沌としていて、僕もその中に入れば楽しめたかもしれない。でも、反吐が出そうなくらい不快だった。

すぐにでも席を立ちたかったけれど、主催者の手前、そういうわけにもいかない。結局、店本来の閉店時間を待って、それを過ぎてもまだまだ続きそうな飲み会に背を向け、誰にも告げずに店を出た。

ただただ、不快である。

信頼していた仲間とその不快さを共有出来なかったのはとても悲しかった。この飲み会は「忘年会」という体で企画されたものだったが、僕は、僕の感じた不快感を感知しなかった若者が、「楽しかったですね」と言い合っているような、不快だったこの飲み会そのものを忘れてしまいたい。もし忘れてしまえるのなら、仲間に対する信頼もまた戻ってくるのかも知れない。

とても、そうは、思えないが。



補足説明

このテキストは、ある職場の飲み会の席で行われたイベントが明らかにパワハラもしくはいじめで非常に不快だったのですが、それに気付いていた人や嫌悪感を示す人があまりに少なくショックだったという話です。


(知り合いが読めばすぐにわかる内容ですが、別に過去出来事を公開して事件として糾弾したいということではないので「どこの職場で」というような具体的な説明は割愛します)


テキストの中では「すぐにでも席を立ちたかったけれど、主催者の手前、そういうわけにもいかない。結局、店本来の閉店時間を待って、それを過ぎてもまだまだ続きそうな飲み会に背を向け、誰にも告げずに店を出た」と書きましたが、このイベントは複数の飲み会で継続して行われた(次第にエスカレートした)ため、最後の方は出席し宴もたけなわでくじ引きが始まった段階で1時間程度店から抜け出すようになりました。「何してるんですか?」「ちょっと散歩」と答えた僕を見て何人かは「自由だな」と笑いましたが、まあうん、嫌なもんは嫌だったので。そのくじ引きを除いた、飲み会そのものはすごく楽しかったし好きだったんですけどね。



さらに補記(2024年8月)

2023年12月に記事にしようと思い立って、noteの方をプライベートに設定した上でこの記事を書きました。でもなんとなく公開できないで放って置いたのを、今回やんわりした感じに編集し直してみました。


その職場からはこの元テキストを書いた1年後ぐらいに退職したので、このイベントが現在も行われているかどうかはわかりません。そもそもコロナ禍の3年間でバイト文化そのものが断絶してしまったので、系列店のスタッフもみんな集まってわちゃわちゃ飲み会ってのがZ世代にも受け入れられているか微妙です。どうなのかな。

ちなみに退職したのは別にこのことが原因では全然なく、給料とキャリアが停滞し先が見えてきたので、新しいことを学ぶために環境を変えただけです。会社そのものがパワハラ体質だったと言うことも全然ありません。社長の個人店の雰囲気が抜けずに必然的に「旧態依然」という社風ではありましたけど、社長は面倒見の良い人でしたし、社労士さんが変わってからは会社組織も良くなって行っていました。

逆に言えばそういう会社内でこのイベントだけが謎に道徳の道を外れていて、それがすごくショックだったんですよね。「笑ってはいけない」シリーズがBPOに目を付けられるのもわからんではないなと思います。日本中で一定数、真似されてるだろうからなあ。でもしばくにしても本人が失敗した罰ゲームとして実施されてほしいし、くじで指名されただけでしばかれるってのはやっぱりね。今でも理解出来ないです。あかんで、こんなことしたら。



人間というのは、一定数以上の集団になったら、いろんなことがわかんなくなっちゃうものなのかもしれないですね。そういう怖さが意外に身近にもあるということを知った経験でした。こわい。