僕が世界で一番敬愛している漫画家は、まちがいなく、いしいひさいちさんです。大好きな漫画家は他にもたくさんいますが、いしいひさいちさんの作品に対する思い入れは好きとかそういう問題ではありません。リストの中で明らかにぶっちぎっています。
僕がいしいひさいちさんの作品を読むようになったきっかけは、父親が単行本を収集していたからです。うちの父親は本も大量に読むけれど漫画も大量に読む人で、物心ついたときからうちにはいしいひさいちさんの作品がありました。最初は多分ドーナツブックスだったんじゃないかなあ。当時は今と違ってAmazonがありませんから、静岡の大きめの書店を定期的に巡って新刊が出ていたら買う…みたいな感じでした。なんという不便な…それでも全巻揃っていたから父親の好きさ加減も推して知るべしです。
実家から出て京都に引っ越して一時的に離れることになりますが、、「ひさいち文庫」企画が始まったことで僕は僕で作品を集めるようになりました。多分同じ本を実家で父親も買ってるんだろうなあ、実家に帰ったときに読めば済むなあと思いつつも、何度も何度も読み返せるいしいひさいち作品はやはり所有したい。いしいひさいち作品の収集は新古書店での創作も交えつつ今も続いています。ドーナツブックスとスクラップスチックは全巻揃えたいなあ…
…あ、読書感想文のことをすっかり忘れていました。
本書「いしいひさいち 仁義なきお笑い」は、恐らく今まで、そしてこれからもきっと二度とないであろう、「いしいひさいち」ガイドブックです。いしいひさいちさんのルーツや『バイトくん』『ののちゃん』の舞台紹介から、いしいひさいちさんのロングインタビュー(QもAも本人で「でっちあげインタビュー」となっていますが間違いなく制作における胸の内を明かしたテキストです)、様々な漫画家さんによる特別寄稿、アイディアノートや仕事場の公開などなど、いしいひさいちファンであれば必ず読むべき一冊に仕上がっています。
特にロングインタビューは絶対読むべき。
少し長くなりますが、個人的に印象的だった受け答えを抜粋・引用させていただきます。
── いしひさんが登場するまでは4コマ漫画は『起承転結』が基本と言われていました。ところが起転転転、起承承結、あげくにオチのないオチとか斬新かつ衝撃的でした。4コマの既成概念を破壊したと言われていますがその点いかがですか?
「それは誤解です。そもそも4コマ漫画に起承転結というセオリーは存在しません」
── は?
「まず起承転結に則って4コマを描く作家はプロにはおりません。4コマを楽しむにしても、リズムは多様であって要件ではありません。笑ってもらってナンボの現場には『秀作』と『凡作』の別以外なにもありゃしません。あるとすれば観念的な読者のフレーム、『あと知恵』としてあるにすぎず、4コマに起承転結がないのはけしからんといった論議はどこか幼い気がします。」
「おそらくコマ4個と4文字熟語の符号による錯誤もあります。仮にそれが東西南北だとすれば北がないとか言い出すんじゃないスか。ともかくないものは壊せませんから私は起承転結を破壊したおぼえなどありません。」
このあとに「今の見解マジですか」「でっちあげです」というやりとりが入るのですが、これは本音だろうなあと思います。いしいひさいちファンの人には言うまでもないことですが、「オチ」というのは必ず4コマ目にある必要は無いのです。2コマ目で落ちて後は余韻でも良いし、肝心のオチは明らかにせずに「5コマ目」に描かれるというのでも良い(落語で言うところの「考え落ち」に近いですね)。なんにせよ漫画が面白く成立していれば「起承転結」などと言ったテンプレートは必要ないわけで、それに拘っていると面白いものを面白いと感じる感性が鈍ります。やはり基本は、そこに面白さがあるかどうかだと思うのです。僕にとってのいしいひさいち作品は、それを十分に満たしてくれる作品です。
そうそう単行本『チャンチャンバラエティ』の「B型平次」の項のコラムで「B型平次を笑ってくれる読者を私はナンセンスの同志と思っています。」というコメントがあるのですが、まさしくそれもまた同じ話です。要はそれを面白がれるかどうか。朝日新聞朝刊で連載中の「ののちゃん」に対しては「オチがわからない」「意味がわからない」といった苦情も寄せられるそうなのですが、それを含めてのギャグなのだと。いやそれで解らないのは致し方ないけれど、「俺は解ってるぞ」と言いたかっただけです。いしいひさいちさんではないですが、僕自身にとっても「いしいひさいち作品のナンセンスを面白がれるかどうか」で、感性が通じ合うか判断しているところはあります。それはもう、そういうものですね。
Friday5で良くある質問「今誰か一人に会えるとしたら誰に会いたいですか」、その答えはやはりいしいひさいちさんということになるのですが、でもそう答えた後によくよく考えてみるに、いしいひさいちさんとお会いしたところできっといしいさんは喜ばれないし、嬉しいのは僕だけだろうし、それよりかは「会う」より「見る」くらいでいるか、もしくは「会わない」ほうが良いのかなと思ったりもします。でも…なんか、いろんな聞きたいことがあるんですよね。いしいさんには。なんでアサシオだったんですか、とか。『ドタバタパーティ』復刊して下さいよ、とか。体調はいかがですか?とか。
やなせたかし先生ほどとは言いませんが、これからもお元気で長く活躍できることを祈っております。
お体には十分お気をつけください。
たぶん、いしいひさいち作品が家になかったら、今の僕はないなあ…