ウォッカトニック。

深夜のウォッカトニックが
僕の頭をスッキリとさせる。

彼女は、混乱したまま機能を停止している僕を見て
何度目かのため息をついたあと、
歩き出した。
僕は伏せた顔を少しだけ起こして、
ちらりとその背中を見やった後で、
彼女が見えなくなるまで、顔を伏せていようとする。

うずくまった僕の隣には
さっきまでいた彼女が吸っていた
マイルドセブンが置きっぱなしになっていて
僕はそれだけで一人じゃないような気がしている。

彼女は戻っては来ない。
コンビニに出かけたわけじゃないのだから、
僕のためにビールを買って帰ってきたりはしない。
彼女は戻っては来ないし、
僕は彼女を待って、向こうを見やったりしない。

僕の手にはお気に入りのウォッカで作った
ウォッカトニックがあって
僕の体温で氷が溶け、滴が表面を伝う。
スピーカーから響くラヴソングは、ざらついて聞こえる
目の前の知らない女の子たちが、醜く見える、
ウォッカトニックだけが、僕には甘く、
僕のことを見ている気がする。

酔って駄々をこねるほどガキじゃない、
忘れられたたばこから一本を抜き出して、火をつける。
吸うごとに君の思い出が空気に溶けていくような気がする。
が、フィルターだけは残る。
フィルター。有害なものを排除する。
僕の中のフィルター。ろくなもんじゃない。

すっかり日は落ちて、僕は顔を上げる。
昼間見たのとは違う風景がそこにはある。
彼女が信じられなかったものは、まだ僕の中にある。
僕は信じるが、それは僕宛のメッセージではなかった。
少し寒くなってきたから、
立ち上がって砂を払い、岸に向かって歩き出す。
マイルドセブンの箱と、吸い殻と、
冷たさを失ったグラスを持って。

何も変わらない。
ここへ来たとき、あったのと同じ街がそこにある。
たとえ僕が今ここで死んだとしても、
同じ風景がそこにはあるだろう。
死は肯定しないが生も肯定しない。
ウォッカトニックだけが、すべてを肯定する。