そういうわけでね。
終わるまで書くのは止めとこう、と思ってたので書きませんでしたが、
8日間の断食を行っておりました。


…と書くとね、なんか引く人もいると思うんですけど、
あー、新興宗教を含めたあらゆる宗教、ライトなものも含めた何らかの啓発とは、全く無縁です。
何年か前にふと思いついてやってみて、
その後の自分の感覚が、心地よかった、
それを通して気付いたことが刺激的だったから、何となく続けてることなんです。


自分でも、何で飯食わないとか言ってるんだろうとは思うんですが、
でもこれが結構ねぇ…色んなコトを考えさせられるんですね。

以下、最終日の手記から転載。

いやーよく頑張った。

今時点で、お粥を弱火で作り中。
あと、15分火を入れて、10分蒸らしたら完成。

今回は、本当にしんどかった。
止めたいとか、止めようとか、何でやってるんだろ、とかは思わなかったけど、
とにかく時間の流れが遅くて、
その遅い時間の中でゆっくりとエネルギーを失って行ってるのを感じて。

でも同時に、精神的には、多分これまでで一番落ち着いてた。
イラッとすることは皆無だったし、
眠れなくても(やっぱり食べないと眠りが浅くなるみたいだ)、
ま、しょうがないよね、やることやりに行きますか!というように、
前向きに捉えられた。
精神的に成長したのかもなぁ。

食欲…というか、『欲』を無くすことは、通常、無理だと思う。
でも、それを制御することはできる。
絶食(断食)というのは、要するにそういうことだよね。
この期間の間に何を学ぶかと言えば、
欲を制することはできる、ということかな。

飽食、と言われてるけど、
そういう目で世の中を見ることが出来る人は日本にどれくらいいるんだろう?
前にも一度書いたことがあるけど、
絶食の期間に、コンビニに入って、その売り場の殆どが食料品であるのを目にすると、
本当に衝撃を受ける。
俺らは、毎日、どれだけの物を食べ、
どれだけのエネルギーを消費して生きてるんだろう、と。
多少のお金さえあれば、スッと手を伸ばしただけで、
いくらでも食べ物を手に入れることが出来る。

断食を始める前に、しばらく身体の中にあったこと、
お腹が空いたから食べてる、のか、ただ惰性で食べてるのか、曖昧、
そういう感覚は、断食を通して、
やはり、惰性で食べてたんだ、という実感に変わった。
お腹が空いて、何か特定の物を食べたくなるというのはこういうことだよ、と、
身体に、多少強引ではあるけど、再確認させた…というか。

断食前は、何も食べたい物はなく、それでもお腹が空いてるから、目に映った物を食べる…
そういう食生活をしていたけれども、
いまは、何を食べたいか明確に意識できる。
このことだけでも、断食をした、それも8日間も続けたことには、
大きな意味があったと思う。


さて、今日から、復食。

食べたい物は、本当にヤマほどあるけれども、
断食していた期間の半分くらいは、復食に当てるというのがルールだから、
向こう4-5日は、お粥の生活。

でもね、今から食べるお粥…絶対に美味いんだよ。
全く味なんかついてないはずなのに。
ま、1日で飽きるけどね(苦笑)

ゆっくりと身体を慣らしていこうと思う。


ま、そういうわけで、お粥を食べられない仕事の日の昼飯はスープなわけで、
これがまた余計に腹減るんだけど、もう暫くの我慢でござる。

来週は、好きなもの一杯食うぞー