椎名誠さんのブログで、チョロッと出てきて気になったので、
探して買って読んでみた。

名古屋の麺事情については清水義範さんの名著『蕎麦ときしめん』でかなり衝撃的に紹介分析されていてそれは同時に優れた名古屋文化論になっている。今度の取材でこの本を久しぶりに読みかえし、たしかに名古屋の本質を強烈に突いているのに感動した。
 

現在は恐らく単行本は絶版で、文庫版が講談社から出ているだけなのだけど、
Amazonで見てみたら、単行本の方は中古で1円からあったので、
単行本の方を買ってみた。
1987年の第二刷版。
(初版は1986年)

で。


これが何というか、もの凄く趣深い本で。

読む前には、著者に対しても、本に対しても全く予備知識がなかったので、
食べ物の視点から見た文化論かなーとか思っていたのだけど、
全く違った。

全体としては、むしろ、小説。

コラムだったり、エッセイだったり、論文だったり、私小説だったり、
とにかく色んな体裁を取った文章が並んでいて、
モノによっては、フィクションなのかノンフィクションなのか、
はたまたフィクションの体裁を借りたノンフィクションなのか、
何とも言いがたいことではあるけど、
その辺を意識的に曖昧にしたままで書いてるような、
大括りで『小説』と言うべき、面白い本。


椎名さんが上げているのは、
表題にもなっている『蕎麦ときしめん』という小説?で、
架空の雑誌、架空の著者を設定した上で、
東京人が名古屋人を分析した結果の文章、
ひいてはそれは日本人論に繋がるのだ…というようなお話。

まぁ、感じ的には、架空の著者を設定しているせいなのか、
思いっきり大風呂敷を広げて、
つまりフィクション的に、トンデモ的に、大げさに書いてる部分も多いけど、
同時に、確かに名古屋人てのは変わってるからな…

もちろん、良い意味で。
僕は好きだし。


むしろ、名古屋人の特徴というか印象を知ってないと、
このシニカルで大げさな描写が分からないかも。

その辺の、小説としての脚色の部分を綺麗に拭って、
そこに書かれていることの『内容』を読んでいくと、
確かにこれほど『優れた名古屋文化論』はないなぁ、と。思う。

『蕎麦ときしめん』以外にも、この本全体を見てみると、
ずっと、文体も何もかも、演じながら真面目に隙無く書き込まれていて、
その字面がフィクションだと言うことを理解しつつも、
なんだか妙にリアリティを持って、こうなんだか不思議な読後感があるというね。

後書きの中で著者がこの本を、
『パスティーシュ(模倣)文学』というジャンルに分類してたけど、
なるほどなーと思う。
んでもって、ただ目当たりを整えただけじゃなくて、
何ともシニカルな文章がその中身としてあるから、面白いんだろうなぁ。
(個人的には、ただ後書きを連ねてるだけなのに、
一片の私小説を語ってるかのような、『序文』が凄く気になりました。)


不思議な本でした。