『インテルビスタ』(1987年イタリア)
87年、伊。フェデリコ・フェリーニ監督・主演。イタリアの巨匠フェデリコ・フェリーニ監督が、チネチッタ撮影所創立50周年を記念して映画への思いをつづる。新作撮影中のフェリーニの様子や、彼を取材する日本のテレビ局のインタビュー、若き日への追想が再現される。


今まで、なんて言うのかなー…

『作品』を見るのは避けてきたような感がある。
いわゆる、各地で、『見た方がいい』『何かを感じるよ』なんて
言われるような映画だ。
もちろん、意識的じゃなくて、殆ど無意識的にだけど、

そのものの善し悪しの問題ではなくて、
少し色々知ってる連中が、別に映画なんて好きでもなんでもないのに、
知識の一部として、
『あぁ、フェリーニね…』
なんて言ってるような、そんな連中が僕は大嫌いだ。
分からないことは話せなくて良いんだが、
そういうことでも話さなくちゃいけない職業の人がいることは知ってる、
まぁでもそういうことではなくて、
覚悟もないままに、ただひけらかすような薄いことを喋りたくないだけだ。
そういう喋り方で、大事なことを喋りたくないって事だ。
(僕だってどうでもいいことをどうでもいいように実に適当にお喋りする)


まぁそういうわけで、
フェリーニという人の作品には非常に興味があったんだけど、見てこなかった。
んで、初めて見た作品が、インテルビスタ、というわけだ。
フェリーニを知ってる人が聞いたら笑うかもしれないけど、
仕方がない、そういう巡り合わせだったんだから。


僕が感じたのは…そうだな、

愛情かな。

映画を作ると言うことと、そこに集う人々を形作るストーリーと、
そこに参加している自分と、それを俯瞰で眺める自分と、

僕がもっとも印象に残ったのは、
ずっと演奏し続ける、サックス奏者の女の子とピアニスト、

そうした状況、に対して、その全てに対する愛情を見たような気がする。


愛情って言うのは…
それを書き始めると終わらなくなるし、趣旨とそれるけど、
簡単に言うと、好きとか、嫌いとかとは、全く関係のない感情なんだと思うね。
比較的頻繁に、好き、を連れてくるだけであってね。
特に、深い関係や、対象の幅が広くて緻密なときには、
好きなところも嫌いなところもあるし、悩みも抱えてるけど、
結局は、そこに愛情を感じている
そんなことなんだと思う。


ぜんぜん、構えずに、自然に、
(それこそ部屋で日本酒でも飲みながら)
映像を見ることが出来た。

僕にも、その覚悟が出来たっていうことなのかしら?