rainy
昨日も朝までオンライン。うーむ。で、寝て、豪雨で起きた。凄い雨…んー飯食いに行く約束は今のところどうなるか微妙。とりあえず、ソフトボールが準々決勝勝ち上がり。野球も勝ってるし。腹減った…
昨日も朝までオンライン。うーむ。で、寝て、豪雨で起きた。凄い雨…んー飯食いに行く約束は今のところどうなるか微妙。とりあえず、ソフトボールが準々決勝勝ち上がり。野球も勝ってるし。腹減った…
LIVEをしないのでニュース速報で見るしかないんだけど、 自転車男子チームスプリントが銀獲得! なぜこれをmutterに書いているかと言えば… 単純に僕が自転車好きだから、ということではなくて。 自転車競技、というのは、ツアーをNHK衛星第一で放送してるんです。 毎回、と言うわけには行かないけど…2-3回まとめて、かな。 解説が中野浩一で。 で、それを見てると、必ずしも日本は世界トップ…ではない、 大体世界で良くて4位くらいかな… それでも、トップ3というのは、もう、段違いに違う。 4位というけど、まったく歯が立たないくらい違う。 やはり自転車競技というのは、『ヨーロッパのスポーツ』で。 もちろん、世界選手権10連覇という中野浩一のとてつもない記録はあるけど、 日本人選手というのは、それほど強いというわけではない。 特にツアー選手権(exツール・ド・フランス)では名前も挙がらない。 ただ、日本には競輪という立派なプロがあって、 そこには日々スプリントの技を鍛え続けてる人がいるわけで。 何年前だったかなぁ…そのプロ選手も、競技会に参加する、ということになった。 それまでは多分、個人の自由、みたいな感じだったけど、 (中野浩一だって競輪選手だったわけだしね) 競輪として参加していこう、と。 下地は多少違うけど、少し、野球の状況に似てる。 そういうのをしてきて、今ようやく、それが実ったわけだから… これは凄いことだなぁ…と。 彼らは競輪選手として既に大金を稼いでるんだから、 わざわざこれに出てくる必要なんて、本当はないはず。 でも、そこで、オリンピックを目指すというモチベーションで出場してくる、 これは並大抵のモチベーションじゃないな、と。 野球の日本代表もそうだけど… そういう、志の高いプロ意識には本当に頭が下がる。 サッカー日本代表も…こうして比べると、やっぱり少しだめだよね。 プロ選手が、文字通り、『アマチュアの精神』を持ってオリンピックに参加する。 それが、『最高を決める』近代オリンピックの起源と、 現代精神との融合かなぁ…と。思ってみたり。 世界には本当にいろんな世界があり、 いろんな人がいる…。 僕も君もそのうちの一人なんだけどね。
オリンピックの合間にNHKで放送されていた NHKスペシャル「天才画家・光琳の国宝」。 そのまま流れてこれをじっくり見てしまった。 尾形光琳作の国宝、『紅梅白梅図』(熱海:MOA美術館) 恐らく、誰もが一度は見たことがあるだろうこの屏風、 どう見ても、金箔・銀箔を貼った屏風に 紅梅白梅が描かれている…のだけど、 科学技術などを駆使して分析した結果、これはそうではなく、 特殊な技法を用いて、描かれたものだった、というもの。 その手法が使われた理由のひとつは、 当時、『擬作』というそれっぽくモノを作る、それを楽しむという文化があったことと、 梅を描く際に使われた手法、『落とし込み』 (→水分を多く含ませた絵の具を紙の上で混ざり合わせ、水分が蒸発するに連れて生じる 混じり具合や、独特のボケ味を得る手法)が もっとも効果的に見せられるのが、金箔ではなく、金泥を用いて塗る方法だった、 と言うことらしい(金箔は水分をはじくので、上手くいかないとのこと) 加えて、水の流れている部分は、 着物などで使われている『型』という手法を使って塗られたものだった。 光琳の実家が、京都の呉服屋だったこともあって、 京都の染師と型師の協力でそれが再現されていた。 あまりに見事な技術。 狙ったわけではなくて唐突に見てしまったテレビ番組だったけど ひどく感銘を受けてしまった。 単純に、今まで箔だと思っていたものがそうではなかった…ということだけではなくて、 自分の梅を引き立たせるためにベストの手法を選ぶ姿勢や、 京都という文化を下敷きにした、見事な分業による作品、 科学技術によって光琳の意図を汲み取れたということ… 日本人なのに、日本文化を知らない、ということについて、 やはり僕は少しコンプレックスがある。 僕なんかよりよっぽど日本が好きで、文化に詳しい、そんな外国人はいっぱいいる。 僕らはそうした文化を素晴らしいと思っているのに、大事にはしていない。 京都人なのに京都を知らず、良さを知らない人が大勢いるのと同じ。 自分の、根っこ、なのにねぇ…同じ事は静岡に対しても言えるかもしれない。 本宮ひろ志の任侠漫画で、 『お前が根っこを無くした根無し草なら、どこへ行こうとだめだ』 『ここで生きていくなら、まずそれを大事にしろ』 というようなセリフ(多分実際とはかなり違うが)があって… 読んだ頃(多分10年くらい前かな)からずっと、心の中にある。 心の中に、引っかかってる、かな… 尾形光琳の画術の幅広さも、そうした支えがあったからこそのもの。 新鮮な驚きとともに、少しいろいろ考えさせられた。
はい、もう正直に言います。5時過ぎまでゲームしてました。それも、オンラインで。眠いったらありゃしない…こりゃ今日一日は確実に潰れたな…
以前少し触れたことがあるけど、雑誌の『コピー』が好き。 休憩時間に、タバコ吸いながらよく眺めてるんだけど、 コピーひとつとっても、その雑誌の性格がよく分かる。 たとえば、少し若めの女の子対象のファッション雑誌だとこんな感じ。 『夏セレブ ナットクの着まわし30日』 これが京都を紹介する雑誌(例えばCF)になるとこう。 『涼やかにやすらぐ床、癒される床』 “セレブ”“着まわし”“床”“癒される”、と、 確かにキーワードの印象度が違うのだけど、 コピーとして一番重要なのは、省略と、助詞の使い方、だと思う。 例えば前述のファッション雑誌の場合、 正しい日本語で伝えようとすれば、 →『誰もが納得する、30日間分の夏のセレブリティ風な着まわし術』 というようになるけど、 助詞を省略していくことで文章にリズムが出てくる。 加えて、頻繁に登場するのが倒置法、 『着まわし』という単語は既にかなり一般的になっているので 取り立てて強調すべき言葉ではない、代わりに、 テーマの主眼である、『夏セレブ』を前に持ってくる。 助詞の省略で、少し『間』を作って強調を増し、 その後はリズムよく説明文を付ける。 その際、『ナットクの』の助詞はあえて残して、リズム感を作る。 後者の例、京都の観光案内の方にしても、 落ち着いた印象を与えてはいるけど、使われている手法は同じで、 『涼やか』に、助詞を付けて一呼吸置いたあと、 メインテーマを持ってくる。 この傾向は、同じファッション雑誌でも差があり、 その雑誌のターゲット(表紙を見れば大体分かるが)によって、 例えばティーンズ向けだと、使われる単語も若く、もしくは、 上の年代層が普通に使っているような言葉をあえて採用し、 コピー自体は省略多めのリズム重視。 少し年代層が上がると、元気の良さよりも、明るさ、 ハッピーよりも幸せ、という雰囲気になってきて、 『愛される秋のフォーマル』 というような感じ。 省略した結果の名詞終わりではなく、 名詞を強調するための体言止め(微妙な表現だけど)が多くなったり、 助詞が増えてほんの少しゆったりしたペースに。 自分が買わないからこそこうやって冷静に分析できるんだろうけど コンビニみたいに、雑多な雑誌が一堂に会してると 余計にコピーの性格の差が強調されて面白い。 (本屋だと、売り場ごとに分かれてるから) コピーライターや編集者が毎月、頭捻って考えてるんだもんねぇ。 よくできてるなぁ、と思うよ、やっぱり。 コピーに関しては今後も気づいたことがあれば、また何か。書きます。
明日から『一応、念のため』で取っておいた連休。まぁ、全く活用せずに、もっぱら体力回復につとめる所存ではございますが。というわけで、前日の今日も特にこれと言って予定無し。給料日前ってのもあるし。早めに寝ちゃおうかな、って感じ。 今日の仕事は、夕方ずっとネットが不安定で、全く仕事にならなかったので、せっかくの早寝早起きも、あんまり有効には使われず。まぁいいか。このところおろそかにしてきた、PCのメンテナンスを中心に、作業計画、設計などを行う。で、特にやりかけることもなく終業時間を迎えたので、ほとんど残業もなく(30分くらい)帰宅。さーて、今日は何をして過ごそうか。