農耕型だと一瞬思ったけども…(アクセス数の話)

この辺り読んで。

んーと、どうやら脳とか性格には狩猟採集型と農耕型というのがあるらしくて、まぁ傾向みたいな感じかな。

狩猟採取型だと狩猟するのが好きで、ええ、どんどんアクセスゲットしてやるぜーみたいな感じだったりするのかなーとふと思ったのですよね。目指せ1万アクセス/日みたいなw つまりブログやサイトのアクセス数にこだわるタイプ。
 

あー。


と聞かれたら、まず間違いなく答えはノー。


アクセス数なんかガン無視なんてことは全くあり得ないけれども、
それを獲得するためにどうすればいいかを日夜考えてるような人と会ったり、
そういうエントリを読んだりすると、その情熱に全く共感できなくてへーと思ってしまうんだよね。

アクセス数を増やすためにはどうすればいいか、っていう方法論は様々あるけど、
その殆どに対して、えーそんなことするのめんどくせーと思っちゃう。
別にアクセス数が増えたところで、単価いくらで儲かるわけでもないわけだし、
そんなん得るもんないやんーって感じ。自分の中でのその充足度合いみたいのが低くて、
つぎ込むエネルギーを補ってくれないって言う感覚。

そういうわけなんで、どんどんアクセスゲットしてやるぜーっていう気概は皆無。
狩猟採集型では全くないなぁ。



しかしながら、んじゃー農耕型なんかと言われると、
確かに狩猟採集型に比べればそっちの方が明らかに近いけど、
僕のmixiの感覚も含めて考えると、

アクセス数はまぁこだわらなくて、わきあいあいと続ける

ってのはまた違うんだな…

友達いないとかではないんだけど、どうもそういうのがあんまり好きじゃないらしく。
そりゃいつもブログ読んでくれてる人には、わけわからんことも書いてて、
ホントにすみませんと面と向かって謝罪したいくらいの気持ちなんだけど、
まぁリアルでもそうだけど、「だよねー」とか良いながらカフェで2時間とかあんまり出来ない。
一緒に買い物に出かけるとかもあんまり無いなぁ。

農耕ってのは、人類に安定した社会をもたらしたとかどっかで読んだような気がして、
農耕の作業にせよ、天災にせよ、集団で協力していくというようなイメージなんだけど、
僕の農耕はそれに比べるとロビンソン・クルーソーの小麦に近いような。
落とした小麦からたまたま芽が出てる的な感じがあるなー



毎月アクセス数を公開してるわけだから、何らかの狩猟型充足感もあるんだろうけど、
でもその充足感をより大きくしようとは動いていないことを考えると、
あのアクセス数は自慢とかそういうことじゃなくて…むしろ、ただのまとめ?
あーこんな感じになるとこんな感じの数字が出るのねーっていう。実験じゃん。


言ってみれば、アクセス数は天の恵み?


あくまで農耕型に沿って妄想すると、
農耕型であっても一応その年の収穫量なんかは気にしてるわけです。
収穫量落ち込んだら食っていけないし(いやブログには関係ないけどw)、
収穫量多かったら貯蔵スペースの拡張も考えないといけないし、
何か問題があったかなと気になるわけで。

でも考えてみれば今年の夏は寒かったしなとか、
そうかそうか今年は雨がほどほどで育成が良かったんだなとか、
自分以外の要因が主だったりして、原因は把握したけど対策は特にない、
まぁそれはしょうがないわねー的な、農耕民族的諦めっつーか。

夏の気温が低かったら気になって夜も眠れないとか、
イナゴが襲来したら洞窟に籠もってやり過ごすとか、
農地を放棄して他の場所に移動するとか。
天候が順調だったらワクワクしつつ、収穫間際に台風来ないか心配でもあるような。


なんか話が完璧斜め上に行ってるけどw

とりあえずアクセス数は獲得目標にはなり得ないかなーと思います。
僕個人の中では、それを達成したところで大して得るもんなんかなく、
逆に色々と面倒なことになるだけじゃね?って感じなので。

もし、ニュースサイトやサービスなんかを今後やることになったら、
それはそれでまた違うけどさ。
ブログにはそこまで求めてないなー