古い知り合いのTwitterを見物に行ったらキモすぎた

頭の悪い青い鳥のイラスト
春先に体調を崩したと聞いていた古い知り合い(さして仲良くはなかったけど仕事上の付き合いがあった)がその後どうなったのかなとふと気になったのでTwitterを探して見物に行ったら、体調を崩してるといわれていた期間も含めてTwitter上では割と元気だったみたいで安心しました。






元気にもいろいろある

投稿内容が妙に某ゲーム関連のYouTubeに偏ってるのは家庭の事情的なこともあるだろうから良いとしても、ちょいちょいエアリプで人の悪口を書いてるのがちょっと鼻につく。そんなこと言っても僕がブログで書いてるのだって似たようなもんなのでお前が言うなって感じなんだけど、一番「アレ」だなあと思ったのは変な絡み方をしてきたアカウント(知り合い?)にものすごく粘着していたこと。


数年前に言われた中傷に対してしつこく返信してブロックされ、ブロックされてもその中傷ツイートのスクショを引用しながら年に1回程度の頻度で「どういう意味ですか?」というツイートをひたすらし続けるってことをしてて、いやまあどっちが正しいとかわかんないのでその中傷やそれに対する反応の良し悪しは分かんないんだけど、それはそれとして年単位で粘着し続ける態度がなんかもう超絶キモくて寒気が。前からアレだなとは思ってたけどこんなにキモかったっけ?



「そっ閉じ」

まあなんというか、こういうのっておっさんやおばさんに一定の割合で生じる「症状」で、歳取ってくるとしつこーくながーーく待てるようになってきたりするんですよね。相手が無視しても抗議しても自分の思い通りになるまで(もしくは思い通りになっても)嫌がらせ的なことをずーーーっとする。そういうことをやってるのって大概、40代50代のおっさんかおばさん。おっさんやおばさんが全員そうだっていうわけではないんだけど、気の良い人も世の中には大勢いるんだけど、どうも一定割合でそういう感じの人がいる。しかも言葉遣いがねちっこいのよね。


関連して別の知り合いのTwitterも見物に行ったら、そっちはそっちでキモいことを定期的に呟いてて、どれぐらいのリアクションがあるのかそれともないのかよくわからない中でエアリプで嫌味を言いまくるみたいなムーブをずーーーっと噛まし続けて、合間にプライドを満たすためのちょっとした自慢的なことを挟んでいやはやこちらも相当にキモい。「フォロー7人」とかそういうアカウントなら何言っても全然別に良いと思うけど、半分仕事の絡みもあるようなアカウントでそれか。前からこの人キモいよなと思ってたけど予想以上だったわ。


顔を知ってるという意味では2人とも今でも知り合いなのは変わらないけれど、気持ち的には「知り合いだと思ってたけど知り合いじゃなかったわ」って感じ?なんのリアクションもせず、そっとタブを閉じました。Twitterにそういう魔力があるのかどうかわかんないけど、それにしても。



人のことは言えません

最後に自戒を込めて言うならば、僕がブログで書き続けていることだって人から見たらキモいだろうなあということは多々あり、人によっては「もうええやないか」「いつまで書いてるん?」と言うこともあると思います。そもそも望まれてないし金にもならんのに思ったことを書いて公開し続けてる時点であんまり普通じゃないしなあ。人のことは言えません。


ただ言い訳として言うなら、僕がTwitterを止めたのは人と繋がることを前提とした作りがどうも自分に合わないと思ったから。Twitterの公開アカウントである以上、どんな発言も「誰かに読まれることは前提にしていない」という言い訳は成り立たないし、ブログ記事に比べて拡散され意図しない読まれ方をすることが多くなる。それがなーすごく煩わしかったんですよね。上で書いた2人にしても「自分のアカウントで好き勝手呟いてる」という体裁を取りつつも、どこかに「他人に読んでもらって効果を発揮させたい」という願望が透けて見え、そして実際一定数拡散され同調を獲得し、それでもなおかつ「個人の見解です」という強弁で取り繕っているのが見える。まあだからキモいんですけど。



歳取ってくると根拠もないのに自分が偉くなったような気がするってのは理解出来ます。ひとつも偉くないんですけどね。多少長く生きたところで人なんてさほど変わらないし、自分に出来ないことを出来る人なんか世の中に掃いて捨てるほどいて、自分が出来ることなんてごくごく限られてるわけなので。そのことを心に刻みつつ、これ以上キモくなりすぎないように日々生きていきたいと思っています。ま、一生、ああはならんけどね。