早とちりが増えた —— 上手に歳を取りたいという話

威張っている人のイラスト


人と話をしていて早とちりをすることが増えました。以前から人の思考を先回りすることは癖としてよくあったんですがそんなに外さなかったし、予断を持つというだけで先走って思い込んだりはしませんでした。それが最近はたまに先走ってるなあと思うことがあり、何かエスカレートしちゃってるのかな、それともストレスかななんて思っていたんですが、同居人の言動を見ているとどうもそういう傾向は僕だけではないらしく、思い返してみれば身近な中年男女の言動ってだいたいそんなノリになっていっていたし、はたと気付きました。


ああ、これ、加齢だわ。



かなりの割合の人がそうだと思うんですが、やっぱりこう歳を取ってくるとなかなか待てなくなってくるじゃないですか。気が短くなってくるし、結論が見えた(と自分では思っている)ものに対してはもう早くその結論に到達して終わりたい。そもそも自分は経験も重ねているから結論なんか見えるんだ。人と話をしていてもそういう傾向は出てきてしまっていて、人の発言を遮ったり、食い気味に結論を述べようとしたり、反論しようとしたり、相手の説明を途中まで聞いてあと聞いてなかったり、そのくせ自分の話は長い。ああ自分が今まで中年男女に感じていたなんかやだなと思う部分がまさに思い当たる節ビシバシでちょっとなんかもううんざりする思いです。

こんなこというと気持ち悪い目で見られるかも知れないけれど、僕は昔から「人格者」ってやつになりたかったんですよ。法律とか社会のルールを守るとかそういうのじゃなくてさ、なんだろう、人と人の間の大事なこと、そういうことを裏切らないように誠実に生きていきたいというような、そんなことなんですが、こういう中年的加齢的人格の変化って僕が思う「人格者」から外れていってるんですよね。世にいる傲慢な中年、高齢者みたいには絶対になりたくない。そう思っているんですが若い頃と比べて自分が一歩そちらへシフトしている。それがなんとも嫌なんですよね……白髪なんか何本増えても別に良いけどそういうのはほんと嫌。


例えば若者に対するときなんかは、その線だけはどうしても越えられたら困るってところだけアドバイスするようにして、極力威張らないように押しつけないようにしてるんですけど逆に言えば僕も油断するとすぐそうなるってことでもあって。家族とかパートナーとか、気の置けない友人とかだと油断してそうなっちゃいがちなんだろうなあ。言うてみれば甘えであり、それだけ気を許しているってことでもあるんだけど、でもそれで僕がリラックス出来ているかというとそんなことは無くて結果的に嫌になっているわけで、なんかなあ。


上手く歳を取りたいなあ。自分が思う、ちゃんとした人間になりたいと思う。歳取るってこういうことなんでしょうし、僕が少し鋭敏すぎるのかもしれないですけどね。それでももうちょっと。なにか。