大西洋漂流76日間 (ハヤカワ文庫NF) スティーヴン キャラハン Steven Callahan 長辻 象平 早川書房 1999-05 by G-Tools |
何かで見かけて買ってみた本。
『椎名誠氏激賞!』だしw
題名だけ聞くと、おおなんという冒険譚!とか思うんだけど、
内容は生き抜くためのちょっとした努力と、鬱な感情との戦い。
大自然に囲まれた環境とは裏腹な、自分との会話がずっと続く。
彼が生き残れたのは、ただヨット乗りだったと言うだけではない、
漂流に関する広範な知識を持っていたためと、
ダメになるぎりぎりまで行っても、踏みとどまれた精神力と、運。
書いちゃうと分かったような気になっちゃうけど、
確実に発狂すると思うんだよね。僕なら。
喉が渇いて乾いて仕方がない状況で、周りは全部見渡す限り水なのに、
その水は一滴たりとも飲めない。
頻繁に壊れ、上手く動かない蒸溜器(太陽熱で蒸発させて水分を取る仕組み)を、
必死で修理しながらわずかに得た水分を、さらに制限して摂取しながら、
あるかどうかもわからない明日以降の漂流に備える…とか。
常に定まらない救命ゴムボートの中で、魚につつかれ、
ゴムボートに穴を開けられ、波に遊ばれ、何もかもが海水に浸り…
死ねるなら死にたいと。
僕なら思う。
でも彼は、助かったあとにこう書いている。
島民の一部は、わたしのことをスーパー・フィッシャーマンとか、スーパーマンとか呼ぶようになっている。そうした人たちに、漂流中の私が生きのびるために闘ったのは、自分が英雄的であったからではなく、そうすることが一番楽だったから。つまり死ぬより楽だったからだ、と説明する。
絶望的な状況を戦い抜いた、とかそういうことではなくて…
それはあくまで結果であって、76日間の間ずっと彼は、
ただ純粋に生きていたのだと思う。
最後に生き残ったけれども、『敗北感を味わった』、と書いている。
強靱な精神力と一筆で書いただけでは、
のっぺりとした負け知らずな一面しか書き表せないけれども、
多くの脳内会議や、知識に裏付けられた観測や測量の様を見ると、
もっと重要なことは、負けることそのものではなくて、それでも生きること、
今何をすべきであるかを見失わずに、今を生きていくことなのかもしれない、と。
最後に、果実を手に出来るのなら、
途中で何度負けようとそれはたいしたことではないのではないか。
(僕は…まだ、とてもそうは考えられないけれど。)
ただ漂流という状況を描いただけではない、
そうした内面描写の素晴らしさが、本書の素晴らしさかな、と思う。