人の論理と関わり合いを持つということ

なんでしょうかね、2つの感情があります。

始めから見ない振りしておけば、上手く文章がまとまらなくて誤解されることもないし
水掛け論に巻き込まれることもないし、
でも、1つのことになあなあになったら、すべてそうしてしまいそうだし、
上手く表現できなくても何かを表明することは大事なのだ、

どっちが良いという問題ではないんですけど。


論議の正誤に関して、僕が間違ってることも多々あるハズなんです。
このサイトでは偉そうに書きますけど。
自分がそう感じたら、Regina Lynnのように良い意味で素直に翻したい。
その上で、コアな考え方を示したい。

2つの文章読み返すとどうも、最初と最後で論点がずれてて、これじゃみっともないな、
正しく解ってもらえないのも当たり前だな、と思うけど、
かといって、発言を受けて書き換えるのも誠実さを欠くし。


論理の構築ベースが違うから…
(そして、最初の文章で無理矢理そのベースを相手に合わせたから→悪く言えば背伸びした)
上手く行かなかったのかもな。
多分、むかついたプログラマから、攻撃的なコメントをたくさんもらったんだろうな。
別にそれ自体を攻撃するつもりは全くなかったんですけどね…。
マジ、どうでもいいし。
心残りは、結局、なんか違うんじゃない?を上手く表せてないことかな。

これはこれで隔離しておいて、
本線は暫く大人しく行きます。

でも、違和感に関しては、今後も考えていくことになるだろうな。きっと。