文章には読む際の『余白』が必要だと思う。
その性格によって違いはあるが、
100%僕の考えを押しつける文章を
書いているつもりはなくて、
ここから想いや考えを持って帰ってもらって
あとは自由に遊んで捨てていただく、
というのが、このサイトの使い方ではなかろうか、
と思うのだ。
その際、『余白』があればあるほど、
その文章は玩具として優秀であると言える。
読み手の思いこみから反感を買うこともあるが、
それはそれだけリアリティがあるということだし、
僕の言い回しで言えば、
『余白で遊んだ結果』だということになる。
おそらく、文章の意図を正確に把握できるのは、
書くときに思い描いていた人物(自分含む)だけで、
他の人は大なり小なり想像で補っていると思う。
その想像を、
自分の想いと同じ方向へコントロールすることが、
書き手の能力、ということだ。