1人の人とのやりとりは、それが誰であっても、
いろいろなことを、僕に教えてくれる。
言葉や、仕草や、考え方や、いろんなことから。
それを、みんな(>『特定?少数の』 誰か)に
こんなことってあるよな?
って言いたい。そして、
たまには、同意か、反論を得たい。
誰か、もしくは、自分の。
それがきっと、ここ。mutter。
だけど、極めて個人的なこと、の場合には、
その相手のことも混じってしまうから、
容易には、書けない、
もし相手が気にしなくても、僕が、気にする。
だから、そんなことは、メモにしておくだけで、
公開できるような、文章には、なかなかできない。
一般的で、相対的で、特殊な。
だから、そんなことは、暫くはメモのままで、
落ちたばかりの雨滴のように、
ずっと、眠りにつく。
眠りながら、様々なことに影響を与え、
それは分解されていく。
それが完全に分解されてしまったとき、
それは僕に吸収される。
そこで、初めて、僕の言葉として、
誰かとのコミュニケーションに、使われる。
そうして、僕らは、
感覚を、獲得していく。