[01/12] 祇園花見小路

祇園花見小路。

京都の“観光地”を歩いていて、いつも驚くのは、
これが『テーマパーク』ではない、ということだ、
太秦映画村のように、『作り物』であるならば作るのは簡単だろう、
だけど見た限り、自分の生活とはかけ離れた文化なのに
自分と同じように生活しているのだ
この風景は張り子ではなくて、
実際にそこにあるもの、だ、

ここでの生活など、想像できない。
そんなことを言っても、京都の人は、
自分の身の回りも似たようなものだ、と言い、
それがここでの生き方だ、と言うのかもしれない

いや、どうだろう?
もし今僕が生きている時間が『現実』だとするならば、
京都、は、明らかに、日本ではない。
僕らには、京都を見て『懐かしい』と思うような記憶はなく、
その美しさや奥深さに共感しているという点で、
外国人と何ら、変わらない。