本書は、実在したアマ棋士、小池重明の生涯を描いた本である。


つまるところ、真剣師というのは、
現金を賭けて、将棋や囲碁を指し、それで生計を立てる人間のこと、らしい。
そういえば、週刊ヤングジャンプ連載の、
ハチワンダイバーも、
そんな真剣師をモチーフにしたマンガだけど、
団鬼六曰く、真剣師とは既に今はない職業だ、とのこと。

それは要するに、社会の将棋への興味の減退かもしれないし、
大々的にお金を賭けてすることへ規制が厳しくなったことからかもしれない。


小池重明は、
そんな、真剣師が、生業として成り立たなくなっていくそのちょうど狭間で、
もがき苦しんだ。
将棋が強くたって、初戦はアマ、
基礎となる収入がなかったら、それはタダの無職でしかない。


結局の所、将棋以外のことは、働くことから、女のことまで、
人生における全てにおいて何ひとつ満足に出来ない男、である。

人妻と駆け落ちする、店の売り上げを持ち逃げする、
妻子とは別居で金も送らない、
酔って暴れる、賭け事に目がない、
(結果的に)寸借詐欺まがいなことを起こす、
生活費をたかる、行き場がなくなって知人の家を転々とする…

でも、不思議なことに、
団鬼六含め、本書にも登場し、実際に多大な迷惑を被った友人知人は、
それで縁を切ることなく、愛想を尽かしながらも、
結局はまた彼と関わりを持ち、何らかの世話をしてやり、
そしてまた裏切られ、それでも行く末を心配せずにはおれない…

僕だったら…当然、愛想を尽くしきって縁を切る、だろうと思うのだけど、
でも同時に、何となく関わり合いを持ってしまう気持ちも、
本書を通して、ほんのりと分かる。

正直に言って、本書を読んでも、
小池重明のことは何一つ理解できない。
でも、彼を取り巻いていた人たちの、視線、と言うようなものは少し感じられた。

そんな、団鬼六の、葛藤が詰まった一冊だと思う。

全く別件だけど、文中、僕が浪人時代を過ごした名古屋駅西口周辺が、
その昔は非常に貧しい地域(昼間から、立ち飲み屋が満員、だったそうだ)だったという記述を見掛けて、
非常に驚いた。

確かに、風俗店が充実していたり、
あからさまにいかがわしい店が残っていたり、
今覚えばそんな名残があったかもしれない、とは思うけれど、
予備校をさぼって散歩ばかりしていた僕には、
とてもそんな街には見えず、凄く驚いた。

いや、待てよ、名古屋駅から大須まで歩いたときには、
そんな風景もあったかもしれないな…

やっぱり、自分の記憶、洞察力なんか大したこと無いなぁ、と思う。
僕が生活範囲の南限にしていた、太閤通りの向こう側には、
そんな風景が広がっていたんだろうか?


追記


だいぶ、本に関する感想からは離れてしまうけど、
こんな記述を見つけたので、追記。

ドヤ街

かつては通称ドヤと言われていた。これは宿(やど)を「人が住むところではない」と自嘲的に逆さまに読んだのが始まりといわれる。日雇い労働者が多く、彼らが寝泊まりする簡易宿所の多く立ち並ぶ街は「ドヤ街」と呼ばれた。 (中略)横浜の寿町、大阪の釜ヶ崎(あいりん地区)、東京の山谷が三大寄せ場として有名である。こうした街は、戦後から高度成長期の間に全盛期を迎えた。他にも名古屋の笹島、神戸の新川、福岡市の築港、広島の駅南口、川崎駅周辺にもドヤ街が形成されたといわれているが、現在では都市再開発や区画整理などによりほとんど消滅している。

 

決して、差別意識からではなく、もちろん物見遊山的なことでもなく、
自分の住んでいた(住んでいる)場所が、歴史的、文化的にどんな場所であるか、ということは、
外部から移り住んだ人間にとってはなかなか分からない、という意味で。

Wikipediaの記述を、鵜呑みにするのであれば、
この点でも、小池重明の時代と、僕の生きる現代とでは、
ずいぶんと違ってしまっているのだな、と感じる。

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