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正直に言って、部屋を出るとき、まだ迷っていた。『どんな自分で行こう』か、と。 もちろん、何を考えて出掛けたとしても、『僕は僕』で間違いはないのだが その日逢う相手が、5年間想い続けてきた相手…というのなら話は別だ。 ただし、5年前とは違う、彼女は結婚を間近に控えた女性であり、 僕にも、半ば将来を誓い合った相手がいる、 そう、5年は長かった だとしても、僕にとって『昔好きだった女性』というのは特別であり、 それはつまり、期待する心と、失望を拒絶する不安とが入り交じった時間でもあった だが、僕はいちばん正直な心は、『逢いたい』ということだ、ということを素直に認め、 ── それはもとよりわかっていたことなのだが ── バス・ルームの鏡で最終チェックをしてから、 部屋に鍵を掛け出掛けた。 待ち合わせたのは僕が週に2度は出掛けているビルの1階で、 同じような待ち合わせの男女がひしめいてる他は、迷うわけなどあるはずはなかった、しかし、 そこへ向かうまでの道のりは、とにかく、非常に遠く思えた 出来れば、その交差点の向かい側の2階の、 少しこじゃれたおよそこのドキドキした心境には似つかわしくないようなカフェの一角に陣取り、 待ち合わせ場所を盗み見ながら、気付けのウオッカなどをあおりたいような気分だった だが、待ち合わせの時間に既に3分ほど遅れていた僕はそんな話はさておき いそいそと待ち合わせ場所へと向かった まるで、初めてのデート、の時のように。 彼女は、すぐそばの本屋で立ち読みして待っていた。 一瞬、怒って帰ってしまったかとも思ったが、 彼女に限ってはそんなことはあり得ないし、正直言ってかなりあせったが、 結局のところ、何も問題はなかった。 彼女は ── 僕が好きだった頃のままだった。なにも変わってやしない。 あやうく、本屋で見つけた瞬間に、惚れそうになったが、いやいや。そうはいかない。 少し、いつもより(僕が知っていた『いつも』より、だが)厚く化粧をし、 少し派手めの服装をし、 つまり、気を遣ってくれていた。 一方の僕はといえば、未だに学生気分であり、普段着に毛の生えた程度の格好だった。 もちろん、スーツや、その他の、『デート仕様』で来ることも考えたが、 そんな服を着て一番焦ってしまうのは自分で、 なにより、彼女に警戒されたり、笑われるのが嫌だったので、 努めて、『普通』にしていたのだった そして、先に見つけたが、何も言わずに近づいていった僕を見て、 彼女は、 『久し振り、変わらないね』 とだけいい、にこっと、笑って見せた。 それは、僕が、惚れた、笑顔だった。