レコードやCDなどのメディアではなく、デジタル化された音楽データのみを販売する仕組みはもはや当たり前のものになった感があります。
生産や流通などの諸費用を削減しアルバムの楽曲を単品販売するなどして低価格化、またメジャーレーベルに所属していないアーティストでもローコストに作品を発表できるというこのシステムは私達消費者にとって計り知れないメリットがありますが、楽曲を提供するアーティストの側から見るとどのようになっているのでしょうか。
正直面倒だったので触らないようにしてたんだけど、id:GiGirさんの記述が気になったので少し読んでみた。
id:GiGirさんのエントリはこちら。
これはひどい。
と、とりあえず枕言葉を置いた上で。既にブックマークコメント等で指摘されまくってますが、元データの引用が恣意的すぎて明らかに読者を誤解させるような記述をしていますね。いつものGIGAZINEクオリティとスルーしたいところですが、真に受けている人もいるようなのであえて突っ込んでおこうと思います。
まぁGIGAZINEのひとが、資料を精査せずに書かれたエントリをそのまま和訳して記事に起こしちゃったのは事実でしょうね。
ただ個人的には、エントリに付けられたタイトル「オンライン販売だけでアーティストは生活できる」が気になった(恐らくGIGAGINEの締めコメントに対する皮肉であり、id:GiGirさんに他意はなかったと思いますが)ので以下のようなブックマークコメントを付けました。
nobodyplace 音楽で生活したい人がどうすればいいのか?という点でなんか歯切れが悪いなぁという印象。あと、釣りタイトルの回収忘れてないですか?
コメントの意図はもちろんあるわけですが、100文字じゃ書けないので。
で、id:heatwave_p2pさんから以下のような返事(というか僕にとってはフォロー)をいただいたので、
heatwave_p2p その問の答えは「9割9分無理」、今に始まった話じゃないでしょう。
nobodyplace そうなんですよ。だから生活できるか?という問いが滑稽なんです
と言う説明をした、と。
それで納得していただけたのだけど、なんとなく言い残しがあるような気がしてこのエントリを書きかけ、あまりに長く散逸的になったので仕上げを諦めて放置していたら、今度がid:y_arimさんに、
y_arim そもそも「芸事で身を立てる」のはいかなる環境においても至難の業、という話に落ち着くのかもしれんが…… ただ、それをもって彼らに金を落とさないことを正当化するのも醜悪だあね。
と煽られたので、やっぱり100文字って短いねと思いながら放置したエントリを引っ張り出してきて仕上げている次第。
「言いたいこと」と「言いたくない」こと。
言いたいことは、主に次のこと。オンライン販売などで流通システムが変化し、売れるアーティストや構造が変化することはあったとしても、それで儲かりやすくなったり生活が楽になったり、はたまたそれ以前に比べて儲からなくなったり虐げられたりということはない。
言いたくないことは次のこと。
音楽をやってる人は食えなくて当然なのだから、リターンが少ないからと言ってつべこべ言うべきではないし、現実がこれであるのだから諦めてこのルールでやるしかない。
id:y_arimさんが言われるように、確かに後者は醜悪だなと思います。そうなっちゃったら終わりだよね。
前提として。
僕自身は音楽活動をしているわけではないけれども、音楽活動をしている人を身近に感じられる環境で暮らしています。売れている人も売れていない人も。動画を見ているとか、音楽を聴いているとか、同人活動してる友人を知ってるとかそういうレベルじゃなくて、仕事的な意味で。オリコンチャートに載っているような、メジャーアーティストの音楽活動からすると想像しがたいのだけれども、名が売れた人、素晴らしい才能を持っている人で、他の仕事を持ちながら音楽活動を続けている人は本当にたくさんいます。音楽に携わっている人の中で、完全に自分のリリースだけで生活を成り立たせている人はごくわずかで、むしろそうじゃないのが音楽活動じゃないのかと思ってしまうくらい。どこに行ってもワンマンでライブ出来るような人でも。その人だけでクラブが埋まるようなアーティストでも。職場にはそんな人が何人かいますし、この間友達に誘われて出掛けたライブで見た人はパン屋さんでした。かなり有名なひとなのに。もちろんリリースもしてて、現在進行形で注目されてるのに。
音楽産業はもっとアーティストにお金を還元すべき、ではあるけれど。
そういう状況の中で朝までイベントやレコーディングをしたあと出勤してきている人や、ツアーなどで休みが多くなるために給料をあまり貰えない人、結果的に辞めざるを得ない人、そういう人たちを見ていると、もし僕にもの凄いお金があったらそのお金で音楽活動に専念させてあげたいと思ったりもします。それで結果的に売れるかどうかはわからないけれど。だから「音楽産業はもっとアーティストにお金を還元すべき」という論調には賛同しますし、そういう意味で利益幅の少ない商売を何とか改めて欲しいと思ったりするんですけど、でもなかなかそういうわけにはいかないんですよね。流通経路を確保しているような形態(つまりレーベルなどと契約すると言うこと)では、当然中抜きが発生しますし、ダウンロード販売などの場合はプラットフォームの力が強くてプラットフォームで決めた価格で販売することが販売の条件だったりします。全体的にデフレーションだなぁと思うのですけど、そのデフレーションの理由が人が音楽にそこまでお金を掛けたくないと思ってるのですから、なかなか打開は難しいかもしれません。日々頑張ってるんですけどね。
ダウンロード販売出来るようになって変わったことは何なのだろうか
生活が楽にならないなら、何が変わったんだ?というと、流通の選択肢が増えたってことですよね。音楽の流通は例えば1990年と比べるともの凄く変わっていて、漠然と思うに例えば以下のような契機があったと思うのです。
- 大型店舗(HMVやTOWER)の登場
- Web通販の一般化
- ダウンロード販売の開始
1の登場で、メジャーどころは取り次ぎを必要としなくなったんじゃないかと想像します。
2では、メジャーでなくても各レーベルは取り次ぎを通すことなく直接販売を委託したり、はたまた自サイトで販売したりと言うことが出来るようになりました。
で、3というわけです。
よく「中抜きは悪」と捉えられがちですが、抜いている会社がきちんと仕事する会社であるならば、それは必ずしも悪ではないわけです。営業力のあるレコード会社やレーベルならば、手売りに比べて格段に売り上げを向上させることが出来るでしょう。でも当然ながらそれが気に入らない人もいますし、営業力のあるレーベルが全てのアーティストをサポートできるわけでもありません。そんなとき、今までは「地道に活動して目に止まるのを待つ」ぐらいしかなかったんですが(稀にその過程で大成功しているアーティストもいますけど)、時代の変化で、それらと並行してWeb通販してみたり、そもそもメディアを作らずにダウンロードで販売してみたりと言うことも出来るようになったわけです。
「食える」とか「食えない」という話は?
僕個人は「食える」「食えない」という話(なんだか「韓国食い道楽サイコロの旅」を思い出しますが)は選択肢の多様性とは別の問題だと思っています。選択肢を増やしたところで、そこが利益構造の根本的な問題だとは思えないからです。
ダウンロード販売が広まるとアーティストはそれだけで食えるようになるのか?と聞かれたら、「そりゃならねーよww」と答えざるを得ません。でも、収益を得やすくなるのか?と聞かれれば、それはもちろんイエス、です。id:GiGirさんの書かれているこの一文が非常に的を得ていると思うのですが、
多少なりとも収益が上がるなら悪い話ではないですね
大儲けしなくても小銭を稼ぐくらいは出来る、ということです。
もしもっと多くのアーティストが音楽活動だけで(もっと言えばリリースするだけで)食べていけるようにするならば、僕らはもっと音楽にお金を支払わなくてはなりません。アーティストの利益率が一番高いのがダウンロード販売ならそれに集中するというのでも良いのですが、ともかく無い売り上げから利益は出ないわけです。そして実際問題として、ダウンロード販売の価格は1曲$0.99とか$1.99とかそういうレベルで決まっていて、買う人もそれを支持しているわけですよね。正直に言ってこれ以上、音楽にお金を支払う覚悟がある人はそんなに多くはいないです。
良いか悪いかで言うと、アーティストにとっても個人的にも全然良い状況ではないですが、現状認識としてはそんなもんじゃないでしょうか。
はい、醜悪です。でもそんなもんです。
状況を改善させるためには、そこを変えるような、もっと大枠の改革が必要なんだと思うのです。
「食えるようになる」とは言いたくない。
最後に、最初のブクマコメントで書いたid:GiGirさんの書かれたエントリのタイトルに対する違和感を。GIGAZINEが引っ張り出したこのデータは、どの流通経路でリリースすると単一の利益率が高いか?という話以上ではなく、そこに最低賃金を絡めたからどうなの?と言う話です。どれが最低賃金を掴みやすいのかとか、そういうことが書いてないんだもん。そこが滑稽。これを「夢はなくなったんだ」もしくは「いやまだある」「むしろ夢がひろがりんぐ」と捉えるのは自由なんですけれども、実際はそんなことはない。中抜きを省略し、自ら進んで販売できるというシステムは画期的ではありますが、それで仕事を辞めたという人を僕は知りません。ジャンルにも依るんだろうとは思いますけど、一般的に考えて、それだけで食えるようになるようなものではないはずです。少なくとも今はない。
僕にはこれは「Twitter始めれば口コミで客がわんさか来て左団扇ですよ社長!わはははは」なんて言うのとあんまり変わらないように思え、アーティストに対する誠実さを欠いているように感じられるのです。そういう人もいればそうじゃない人もやっぱりいるというレベルの話であって、集団として楽な方に行くって言う話じゃないんですよ。人が1年間に聴く音楽なんてたかが知れてるんですから。
もちろん僕は純朴少年でもないので最初に書いたとおり、これはGAZINEの締めコメントに対する皮肉だろうと解っているんですけれども、それならきちんと釣りタイトルとして回収して欲しかったなと思う次第です。
オマケ。
音楽活動と仕事の関係については、そりゃきっと専念できた方が楽だろうなと思うのですが、この話題について思いをはせるとき、大昔にとあるインタビューでイルリメが語っていたこのセリフが必ず思い出されます。イルリメ – Interview 007 : Record CD Online Shop JET SET / レコード・CD通販ショップ ジェットセット
- JET SET
- この前仕事する、とか言ってましたよね。OK FREDで。好きな日本人が、ムードマン、ECD、それから…。
- ルビオラ
- 安田謙一。
- JET SET
- 3人とも働いてるから。
- イルリメ
- 働きたいとは言ってないですけど。
- JET SET
- 葛藤があると。
- イルリメ
- ええ、僕友達サラリーマン多いし。だから、そういう友達多いから、生活サイクルを同じように、朝起きて、ずっと曲を作ってみたり。幸せですけどね。普通は、働かなくて音楽作ってる人もそんな毎日作ってる人あんまり居ないと思いますから。
イルリメが働くとか、周りのアーティストが働いているとか、そういう話ではないんですけど、自由に好きなようにやる創作活動が必ずしも良い結果に結びつくとは限らないんじゃないか、音楽活動も「仕事」のようにリズムを作って取り組んでいくべき何じゃないか、そんなことを語っているような気がします。
もちろん2003年のインタビューなので、今彼がどう感じているかはよく解らないですけれどもね。