東洋大学の総合力が過小評価されている件

86回の歴史を誇る箱根駅伝はことしも名物「山上り」の5区で大逆転劇が演じられた。高低差860メートル以上を駆け上る天下の険は10区間最長の23・4キロ。首位と4分26秒差をひっくり返した東洋大のエース柏原竜二の激走は称賛するしかないが、総合力を問われる駅伝で全体の勝負に占める割合が山上りに偏重しすぎと疑問の声も出ている。
 

5区の距離が伸びた結果、5区での成績が全体に与える影響が大きくなったことは理解できる。でもだからと言ってそれをもって「総合力が結果に反映されていない」という調子で発言する、または、記事を書くのはいかがなものなのか。お前はホントに競技を見たのか。成績を見て記事書いてるのか。小一時間問い詰めたい。

総合力とは何を指しているのか

駅伝で言う「総合力」というのは何のことなのか。

駅伝での戦略には大きく分けて、

  • 絶対的エースのタイムを補佐する他のメンバーが落とさないようにする
  • チーム全体でタイムを拾って好タイムを出す

という2つの方針が考えられるけれども、どちらにせよ、チーム全体の持ちタイムの合計値のことを「総合力」と呼ぶのではないのだろうか?そして駅伝というのは言うまでもなくその総合力を競う大会であり、そのために10区10走者が走りその合計タイムで競うことになっている。それはチームの戦略とは無関係な競技におけるレギュレーションだ。大会のレギュレーションはあらかじめ発表されており、どの区をどの走者が走るかはそれぞれの大学に任されている。

よって成績を残せなかったチームは総合力が劣っていたのであり、総合力が勝っていたチームが成績を残しているのだ。これは動かない。



総合力と成績

例えば、総合14位だった上武大学を見てみる。
上武大学は総合では結果を残せなかったが見せ場がなかったわけではなく、最終10区の走者福島弘将は、2位に1分近い差を付けて区間賞を獲得している。ただ残念なことにそれ以外の区では目立った成績を残せなかった。

10位の明治大学も同じ。
明治大学は往路1区の北條尚と、4区の安田昌倫がそれぞれ区間賞を受賞している。が、復路は壊滅的だ。菊地賢人が7区で10位に入った以外は全てTOP10から外れている(9区の遠藤は全日本大学駅伝で区間賞を取っているんだけど…箱根では16位)。

よく言われていることではあるけれども、箱根における「総合力」とはエースの力の上積みだけではなく、全区間において穴のない布陣を敷くことで初めて実現できる。どんな絶対的なエースを持っていたとしてもブレーキになる選手が一人でもいれば勝負にならない。エースが突出していても他の選手がダメならば総合力は上がらないし、それが成績に繋がることもないのだ。




各大学の区間別成績

実際に各大学の区間別の成績を見比べて、「総合力」を判断してみる。


総合1位:東洋大学

  1. 宇野博之 5位
  2. 大津翔吾 10位
  3. 渡辺公志 10位
  4. 世古浩基 4位
  5. 柏原竜二 1位
  6. 市川孝徳 9位
  7. 田中貴章 1位
  8. 千葉優 2位
  9. 工藤正也 10位
  10. 高見諒 7位

確かに5区の柏原が突出した存在であるのは確かだけれども、各区間の順位に注目すれば東洋大学が決して個人に頼ったチームではないことは容易に分かる。全体を通してみると大きなブレーキを出さない一方で、狙った区間では1位、2位を獲得できている。これを総合力と呼ばずしてなんと呼ぶのか。


総合2位駒澤大学と、同7位早稲田大学も見てみる。

総合2位:駒澤大学

  1. 後藤田健介 18位
  2. 宇賀地強 3位
  3. 飯田明徳 16位
  4. 久我和弥 8位
  5. 深津卓也 4位
  6. 千葉健太 1位
  7. 撹上宏光 4位
  8. 井上翔太 3位
  9. 高林祐介 1位
  10. 藤山修一 3位

駒澤大学は5区以降圧倒的な安定感を見せたが、1区と3区のブレーキが響いて優勝には届かなかった。これは当然、自チームのカードと敵チームのカードを比べた上での戦略であり、今回の箱根においてはそれがはまらなかった、ということだ。最終タイム差が3分46秒であることを考えれば、もし東洋大学の誰かがブレーキになっていれば十分に捕らえられた。しかし実際にそれが叶わなかったと言うことは、明らかに総合力、安定性で負けたのだ。


総合7位:早稲田大学

  1. 矢澤曜 2位
  2. 尾崎貴宏 12位
  3. 平賀翔太 4位
  4. 大串顕史 11位
  5. 八木勇樹 9位
  6. 加藤創大 16位
  7. 萩原涼 6位
  8. 北爪貴志 6位
  9. 中島賢士 14位
  10. 神澤陽一 8位

早稲田大学については1区の矢澤曜の好走を除けば、ほとんど見るべき点がない。2区、4区、6区、9区では2桁順位も記録している。それでもなお7位という結果を得たことは駅伝チームとして素晴らしいと思うけれども、この成績の大学で総合力について云々言う資格があるとは到底思えない。駒澤大学に早稲田大学の1区と3区の成績をあげれば、駒澤大学は東洋大学には勝てる。しかし逆に言えば、そうでもしないと勝てない。それくらい総合力には差がある。少なくとも早稲田大学の成績に5区の延長は全く関係がない。




駅伝は箱根駅伝だけではない

駅伝というと箱根駅伝が上げられがちだけれども、学生駅伝は箱根だけではない。学生3大駅伝として他に出雲駅伝と全日本大学駅伝がある。この3つのレギュレーションはそれぞれで大きく違い、出雲駅伝は比較的短距離区間の多い全6区。全日本大学駅伝は距離にバリエーションのある(9.5km~19.7km)全8区。必要な選手数、選手の特性が異なることを考えれば、チームの「総合力」はそれぞれの大会毎に存在していると考えられる。

今シーズンの結果は以下の通り。

スポーツナビ | 第21回出雲駅伝 | 速報
スポーツナビ | 第41回全日本大学駅伝 | 速報

今シーズンはそれぞれ日本大学が優勝している(東洋大学は3位、2位)。

このことは、才能のバリエーションという意味で日本大学が非常に優れていることを示しているけれども、それが箱根と密接に関係しているかというと必ずしもそうとは言えなさそうだ。というのも、箱根駅伝は総合15位でしかなかったのだ。調整失敗などもあるのだろうけれども、箱根駅伝については「総合力がなかった」と言わざるを得ないのではないか。

総合15位:日本大学

  1. 谷口恭悠 13位
  2. ギタウ・ダニエル 1位
  3. 堂本尚寛 9位
  4. 佐藤佑輔 7位
  5. 笹崎慎一 20位
  6. 池谷健太郎 14位
  7. 井上陽介 3位
  8. 吉田和矢 15位
  9. 丸林祐樹 18位
  10. 山崎大直 16位



つまりまとめるならば「東洋大学は総合力はないのに柏原の山岳一発で持っていった」などというのは言いがかり以外の何ものでもない。僕ら外野があーだこーだ言うのは構わないけれども、当事者の大学の監督が口にするようなセリフじゃない。百歩譲っても総合力で、少なくともエースの成績やチームメンバーの安定性で東洋大学に勝ってから口にすべきだ。




オマケ:箱根駅伝のレギュレーションの話

ちなみに総合力に関する話と、箱根駅伝のレギュレーションに関する議論とは同じではない。駅伝は国際駅伝も含めて、1区間10km前後、長くても15kmほどで行われるのが一般的で、箱根駅伝のレギュレーションはもともと特殊だ。


「中距離選手の育成目的で4区を短縮した結果5区が延長された」とのことだが、駅伝が総合タイムを競う以上、全ての区間の”重さ”は同じではない。距離が短くなればなるほどその区間の重さは軽くなる(タイム差が付きにくくなるため)し、長くなればなるほど重くなる。区間毎にポイントを加算していって総合ポイントで優勝を決める方式にすれば全ての区間が均等になってわかりやすいけれども、それはもう駅伝でもリレーでもないし。

5区を重くせずに4区を短くしたいなら、平地を長くするか総距離を縮めるしかない。2区を勝負のポイントにしたければ、最初からそこを(相対的に)延ばせば良いだけではないのか。元々5区は時間が掛かりタイム差が生まれやすいのだから、そんなことは自明だと思われる。それか「総合力」を主張したいのであれば、むしろ現在全10区を12区に増やしたら良いんじゃないのか。ランナーを揃えるのに苦労するだろうけれども、質の安定が難しくなって動きの激しいレースになること請け合い。賛成はしかねるけど。


ただまぁ距離のバリエーション自体は例えば全日本学生駅伝で実現できているわけなので、それはそれと割り切った上で「全区20kmという特殊なレギュレーションこそが箱根駅伝」そういう考え方も僕はアリだと思うけれどね。